トロッコ問題 √B

 ATTENTION‼︎


 ご覧いただき、ありがとうございます。

 この小説のようなナニカは、我が拙作、『カキダシ』第7話の「トロッコ問題」にコメントと言う名の続編を下さった藤浪保 様 (本当にありがとうございます!)に励まされ、自分でも続編を書いてみた、というものです。

 皆様には先に第7話「トロッコ問題」を先にご覧いただくことをお勧めします。

 なお、物語の冒頭は藤浪保 様に書いていただいた続編部分から始まります。√Bと記したところからが私による続編部分となります。藤浪様の方ではまた違った結末を迎えますので、ぜひそちらも合わせてご覧ください。

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「今度は、どんな難問に挑んでいたんですか?」


「トロッコ問題だよ」


「ああ、5人を殺すか1人を殺すかってやつですか」


 さらりと言うあたり、さすが哲学部の部員だけはある。


「人数の他にも、性別、年齢、妊娠の有無、職業、喫煙、障害の有無などのバリエーションがありますよね。ある調査によると、男性よりも女性、老人よりも子どもを優先して生かす傾向にあります。将来の可能性が高い方を助けるんです。無意識に種を存続させようとするんでしょうね」


「よく勉強しているね」


「まあ、時間だけはありますから」


 彼女は肩をすくめた。


 そして、ずいっと顔を近づけてきた。ほのかにいい匂いがした。


「でも、そんなことを考えるのは無駄です」


「どうして?」


 —————————√B—————————


「だって、現実にそんな場面に遭遇することは稀です。いえ、稀の中の稀、キングオブ稀です!セルダムです! レアリーです! オールモストネバーです! ハードリーです!」


「……Hardlyは頻度じゃなくて程度の準否定語だ」


 えっ? そうなんですか? と彼女は一瞬困惑したような表情を見せるが、顔をぶんぶんと振りながら、すぐにそんなのはどうでもよくて、と言ってさらにこう続ける。


 ——どうでもよくないぞ、菜月くん。ここテストに出ますからね!


「考えることは楽しいです。でも、この問題みたいに答えのない問題をこねくり回すことに深い意味はないと思うんです。箱の中のにゃんこが生きてるとか、死んでるとか、トロッコ問題とかより、私はこうやって先輩と話せることそのものが楽し……」


 早口でなにか言いかけた後、彼女は顔を今日の夕日みたいに赤くして、固まってしまった。口がパクパクしているが、大丈夫か。


「菜月くんの言うことはよくわからないが、前半の発言は頂けないな」


 ほへっ? 心ここに在らずといった様子の彼女は、首をななめ45°に傾けた。


「トロッコ問題を考えることに意味などない? 笑止ッ!」


 思わず、机を叩いてしまう。彼女の肩がビクッと跳ねた。


「トロッコ問題を考えることには確かな意味がある。そうだな、君はトロッコ問題の派生の一つ、『自動運転車のジレンマ』というものをきいたことがあるかい?」


「自動運転車のジレンマ? 聞いたことないですねぇ」


 ——やはりな。

 仕方ない、図を描きながら説明しよう。椅子の下に置いた真っ黒のリュックサックから筆記用具、下敷き、『哲学ノート三』を取り出し、模式図を描き出す。


「本来の設問とはいくつか異なる箇所があるが、考えなしの菜月くんのためにわかりやすいものにしたので、安心してほしい」


「なんか言葉にトゲがありませんか!?」


「……あなたは購入した自動運転車で初のドライブに行きました。そうだな、山に行った、ということにしておこう」


「無視なんですね……」


「とても道が細く、ギリギリあなたの車が一台通れるだけの幅であったが、自動運転車に安心しきっていたあなたは気にせず進んで行った」


「そんな道、現代日本に存在するんですかねぇ……」


「すると、突然あなたの眼前にキノコ狩りに夢中の藤木一家が出現した。もちろん自動ブレーキ機能が発動。するはずが、あなたの購入した車は不良品であった」


「キノコ狩り? 藤木一家?」


「そこは本筋とは無関係だ。考えなしの菜月く「はいはいわかりましただまってききますよ」


「よろしい、自動ブレーキ機能の壊れたあなたの車。このままでは止まることはできない。なお両側は崖になっているものとする。そして車に搭載された人工知能により、二つの合理的と思われる答えが導き出された」


 突っ込まれるのも面倒になってきたので早口でまくし立てる。


 そして、ノートに①と書き出す——。


 ————————————————————

 ①所有者である菜月くんを守るため、五人の藤木をひき殺す。なおこの場合、車は、五人の藤木が障害となり、止まることができるものとする。つまり菜月くんは助かる。


 ②より多くの人命を救うため、ハンドルを谷底へと切る。なおこの場合、五人は無事、菜月くんは死亡するものとする。

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「……五人を救うために一人を殺すか」


「そうだ、数自体は変化していない。しかし菜月くん。しかし問題の性質は、先ほどの類問とはまた大きく異なる」


「……やはり、数で考えれば人工知能は二番を選択するんでしょうか」


「しかし、いざとなれば所有者の命を捨てる車が売れると思うかい。菜月くん」


「それは……」


 さすがの菜月くんも口を閉ざしてしまったか。


 ——、——、——、——。


 下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。

 今日は長居しすぎてしまったな。倫理の課題の三週目がまだ終わっていないのだが。


「このように、思考実験とは現在世界でも役に立っているのだ。わかったらもう二度と、思考実験を馬鹿にしないように。というか、するな」


 筆記用具などをさっとしまい、黒のリュックサックを背負う。


「ちょ、ちょっと待ってください、先輩!」


 思考実験について深く考えていたのだろう、少し遅れて菜月くんがバタバタと身支度を始める。


「きょ、今日は一緒に帰りましょう、先輩」


「何を言っているんだ。君とは電車が逆方向だろう」


「ですから、駅まで一緒に——」


 後ろを振り返ると彼女は頰を真っ赤に染めて、猫の尻尾のような髪を弄っていた。

 彼女は一体何を考えているのだろう。そんな思考が働く前に、心臓の鼓動が少し早くなっていることに、僕はまだ気づかない。


〈完〉


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 今回お世話になりました、藤浪保様のページのURLです。ぜひこちらもご覧ください。藤浪様の的確なレビューを見ると、つい読みたくなってしまいます(´∀`)↓

 https://kakuyomu.jp/users/fujinami-tamotsu

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