初夢。

 消しゴムとか、消臭スプレーとか、長ったらしいタイトルの小説だとか、扇風機だとか、スマートフォンだとか、ハサミだとか、ファンヒーターだとか、筆箱だとか、シャープペンシルだとか、鼻をかんだティシュだとか、ガムテープだとか。全てが


 ふわふわ宙に浮いていた。


 それらは羽毛とか埃みたいに僕の部屋を漂って上昇し、やがて天井まで達すると、ゆっくりと下降していった。


 僕は口を開けて、ただそれを見ていた。

 僕は目を開けて、ベットに寝たままただそれを見ていた。


 他のことは何もできなかった。できなかったという表現が正しいのかはいまいちわからない。しかし、そのときは僕が他のことをするということを意識していなかったし、実際することもなかった。


 これは夢か何かなのだろうか。


 。何か決定的にそれとは違う。


 これが自分の意識の中で起っていることは当然理解している。しかし、これはただスクリーンに映った映像を見ているだけのような、もしくは他人の意識に入り込んでしまったようなだった。不思議な客観性を持つ、現実味のない断片的な映像もしくは光景だった。


 浮かび上がったモノたちは、やがて全てが床へと着地した。それぞれが異なったところ、ばらばらの位置に着地した。


 それには何も規則性がなく、意味もないように僕には思えた。


 しばらくすると、それらは床に溶け込んでいき、ついには見えなくなった。


 続いて、空気清浄機、コート、本棚宙に浮いていく。やはり、風によって埃が舞い上がるような動きだった。本棚からは無数の本(それらはほとんどが文庫本の大きさだった)がこぼれ落ちた。音は全く聞こえなかった。


 それらが天井まで到達すると、先例と同様に下降していくかに思われたが、そのまま天井へ吸い込まれていき、やはり姿を消した。


 この現象が何を意味するのかはわからないが、この部屋にある物体が、失われていくことはわかった。


 やがて部屋には僕と、僕が寝ているベットしか存在しなくなっていた。


 そしてついに僕と僕が寝ているベットは上昇を始めた。僕の視界は高い位置へと変化したが、何もない殺風景なこの部屋においてそれはほとんど何の意味もないことのように思えた。


 突然、視界が傾く。僕の寝ていたベットが傾いたためであろう。僕は間も無くベットから落ちると、五十センチほど下にある床に打ち付けられた。どうやら上昇を始めていたのは僕とベットではなく、ベットだけだったようだ。

 幸運と言って良いのか僕は仰向けに倒れたため、ベットが天井に飲み込まれる一部始終を目にすることができた。だからと言って何が変わるわけでもないのだが。


 ベットは例によって天井へと姿を消し、部屋に残るはついに僕だけになった。


 この部屋に残る最後の物体が僕であることに何か意味はあるのだろうか。

 きっと意味なんてない。ここを去る順番の変化など、落ちていく雨粒一つ一つの順番ほどにどうでもよく、意味のないことであろう。


 ただの落ちていく雨粒のひとつに過ぎない僕はようやく浮かび上がり始め、ゆっくりと、本当にゆっくりと、しかし、確かに上昇し続ける。僕の頭部がいち早く天井へと吸い込まれ、やがて視界が黒く染まった。そして最後につま先が天井に吸い込まれると、この世界へやから、僕は完全に姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る