トロッコ問題

 ————————。


 ————。


 いつもの天井だ。

 見上げればただそこにある。いつもの天井だ。


「————い」


 その天井は長方形が互い違いに敷き詰められた模様で、いたって一般的なものであった。天井の端からあみだくじの要領で辿ると、延々と右に(もしくは左に)進んでしまう。そんな模様だった。


「————い!」


 窓からは斜陽が差し込む。

 我が哲学部の部室に、秋のどこか憂いを帯びた斜陽が差し込む。

 こんな日には思索に耽るに限る。

 朝の登校途中にも、授業中にも、昼休みにも考えていた『トロッコ問題』についてだが——。


「藤木先輩ッ!」


「おや、菜月なつきくん。いつからそこにいたんだい?」


「ち、ちょっと先輩……わたしは三十分前にはここにいましたよ……」


 おや、それは気づかなかったな。


「君、もしかして存在感が薄いんじゃないのか?」


「先輩が周りのことを気にしなさ過ぎなんです!」


 彼女はこちらを半ば睨みつけてそう言い放った。


 秋風が窓から飛び込み、彼女の髪を揺らす。二つに結わえられた彼女の髪が生き物のようにうごめいた。


—————————————————————


《トロッコ問題とは》


※以下、Wikipedia『トロッコ問題』より引用。


まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。


(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。

そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。


(1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?

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