第11話 ワレテモスエニ……

 ところがその風、突如、嵐となって吹き荒れます。

 見れば、真っ青な闇に溶けていく海面に、無数の光が明滅する巨大な平たい円筒のようなものが現れました。

 その、上半分はゆっくりと回転しております。

 まるで臼のように。

「あれ、まさか……」

 そう、これこそがポホヨラを最後の戦から守ってきた伝説の機動要塞サンポでございます。

 その上に蜃気楼のごとく浮かびましたのはホログラム、レミンカ様の端整なお姿。

「イルマ、済まなかったな」

「いいえ」

 お言葉にさっと居住まいを正したイルマ、その場にひざまずきます。

 もちろん、この距離で話は通じておりません。

「話はついた」

「おめでとうございます」

 雨降って地固まるというところでしょうか、ロウヒ様の一人娘キュリッキとの婚約が成ったということぐらいはイルマにも察しがつきます。

 めでたい話にもかかわらず、涙で濡れたその顔は、もうぐしゃぐしゃ……。

 その傍らに屈みこんだ汗臭い巨体。

「何だ生きてたの、お兄ちゃん」

 とりあえず身体はしぼんで、足の臭いもさっきほどではありません。

 それでもその臭いに咳き込み咳き込み、涙を拭きながら強がるイルマ。

 いつの間にか戻っていたクレルヴォにぎゅっと抱きしめられますと、イルマは小声で囁きます。

「嘘に決まってるじゃない、5日の命なんて」

「嘘?」

「恋わずらいなんてすぐ見当がついたわ。そんなに好きな相手なら、さっさと結婚しちゃえばいいのよ」

 クレルヴォのむさくるしい腕の中から、しゃくりあげる声が聞こえてまいります。

「こっちだってつきあってた彼氏ぐらいいたんだから気にしたりしないわよ……」

 不器用でカンの鈍い朴念仁の兄でも、ここまで来れば察しがつきます。

 身分違いの恋を自ら諦めた妹は、別の恋を探していたのでございましょう。

「泣くな、妹よ」

「別に泣いてなんか……どいて暑苦しいから」 

 悪い、と離れるクレルヴォが傍らにひざまずくと、妹は涙声で囁きます。

「レミンカ……様が落ち着けば、心配しなくてよくなるわ。お兄ちゃんも、私も……」

 それが聞こえているはずもございませんが、レミンカ様のホログラムは照れ臭そうに天を仰ぐや。

「イルマ、その……僕と結婚してくれ」

「え……」 

 イルマが呆然としておりますと、海岸のホテルというホテル、街々の家という家から、ワケも分からず歓声が夜空を満たします。

 そこでレミンカを押しのけて現れましたのは、胸元の開いた純白のドレスで正装した、プラチナブロンドの清楚な姫君。

「初めまして、イルマ・リネンさん!」

 微笑むだけで夜空をオーロラが照らします。

「ポホヨラの母ロウヒの娘、キュリッキです!」

 その笑顔を一瞬、寂しげに曇らせて申しますには。

「私も愚かでした、初めて会った年下の男の子に一目惚れして寝込むなんて」

 そこで気丈にコツンと小突いてみせた相手は、ホログラムの外にいるレミンカ様でございましょう。

「ここまで無茶してくれる女の子がずっと傍にいたのに……恥を知りなさい」

 腕を引かれて、入れ替わりにレミンカ様が現れます。

「というわけで、僕は決めたからな」

 相手は海上に現れた機動要塞サンポの映すホログラム、ノーの返事などできるわけがございません。

「どういうこと? お兄ちゃん」

「ここだけの話……」

 そこで姿もなく、街中とは言わずこのポホヨラ中に響き渡った声。

「よくやった、せがれよ!」

 誰あろう「不滅の賢者」ワイナミョ・イネンでございます。

「これでこの世界も安泰じゃ!」

「全くやってくれたもんだよアンタのせがれは!」

 怒鳴り散らすその声は、ポホヨラの母ロウヒ。

「昔のアンタそっくりだ! 元はと言えばたかがハンカチ1枚……」

 ポホヨラ中から上がる「え」の声。

 それに紛れてクレルヴォが耳打ちするには。

「腹違いの姉弟だと。姫様と若旦那」

 宇宙を揺るがす大スキャンダル発覚でございますが、そこは「強固なる不滅の賢者」、動じる気配もありません。

「きちんとプロポーズしたのに、ポホヨラの独立のためだと振られたのはワシじゃぞ?」

 遠い昔を蒸し返した痴話喧嘩もそこで終わりと思いきや。

 店の中から出るに出られず震えていたオカマの床屋さん、ようやく外へ駆けだしてまいります。

「おめでたい話に盛り上がってるとこ悪いんですけどねえ! これ、どうしてくれんのよ! 商売あがったりじゃない!」

 見れば、割れているのは店の前の道路だけではございません。

 店の中の鏡もすっかり割れております。

「……あ」

 返す言葉も必要もないイルマが呆然としておりますと、ロウヒ様がワイナミョ様に言い返します。

「アンタとアタシのことはいいとして、せがれの不始末どうしてくれんだい!」

 まあまあ、とそこを収めたのは娘のキュリッキ姫。

 突如として海風がどうと吹き荒れました。

これも母親譲りのフォースでございましょうか、

 満点の星が浮かぶ夜空にも眩しく、プラチナブロンドがゆらめきます。

 人差し指をちょいと立てるや、片眼を閉じて一言。

「割れても末に、買わんとぞ思う」

 おあとがよろしいようで。

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星の都のストク・イン 兵藤晴佳 @hyoudo

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