18.Laugh at the top of the stake base.

 師匠が死んだのは、一五四八年。その年は丁度閏年で、一年が一日長かった。近ごろ度々問題になっていたユリウス暦による日付によるもので、復活祭の日付とずらすようにしていたはずだから、確か三月二十一日の前か後か。

 いづれにしても、問題ではない。

「ほら、立てよ」

「言われなくても立つよ」

 無理やり縄を引っ張られるのはやっぱり痛いし、足が治ったにしても足を踏まれるのは痛い。異端審問官の十三番になにか文句の一つでも言ってやろうと僕はずっと思っていた。何日か過ごして、彼の愚痴を聞いて、数々の尋問をされて、僕が殺される日々が近づいて来ようとも、一つだけ彼は喋らないことがあった。

 なんで裏切ったんだろう。

 でもそれは薄々分かって来た。彼は普段、真っ黒いフードで顔を隠しているが、時折見える顔がとても幼かった。僕よりだいぶ経った後に、実験を受けて成功した十三番の顔が、まるで時間が巻き戻ったように若いのである。

 そこで考えた。

 僕に対する彼の憎悪と、僕に対しての嫉妬。僕が時間を止めた十六に見えるその容姿は、もしかして師匠が僕のコピーを作ろうとしたんじゃないかと、そう考えた。僕は師匠の一番弟子だった。しかし、魔法はそんなに上手くはなく、一番上手かったのは十三番だった。お気に入りの僕と、魔法が一番上手かった十三番。彼にとって、一番魔法が上手いことは師匠に褒められる一番の特技だったろう。しかし、僕はその寵愛を一手に受ける一番弟子だ。

 当然思うのは「なんであいつばかり」という嫉妬だろう。

 それは師匠に恨みとして残る。僕にも向けられる。そんな中、実験を受けた。その時、師匠が彼に何を言ったのか僕は知らないが、実験の後に十三番は姿を消した。顔を隠し、みんなの所から立ち去った。

 当然、姿なんて見せずに。

 恨みを持っていた相手と同じにされた、それが師匠を裏切った理由なのでは、と。

 そして、僕が師匠の処刑に追いつけなかったことを、彼は僕が怖気づいたと思っている。僕を消すことは、十三番にとって自分と同じ人間を消すことになる。

 師匠に駆け寄れなかったと、僕が絶望するのを見たかったというのもあるのかもしれない。

 いずれにせよ、これらは憶測に過ぎない。

「僕が死ぬとして、どう殺すつもりなんだい」

「つべこべ言わず、大人しく黙ってろ」

 十三番は僕の背後で、なにやらごそごそしている。いつものようにフードを被って顔を隠す彼の手には、ロープが巻かれている。

 僕を十字架に縛るための、僕を逃がさないためのロープだ。

「ねぇ、十三番」

「黙れ」

 最期くらいいいだろうに。情緒がない奴だ。

「なんで、僕のこと『アン』って呼ぶの。ただのあだ名? そんな風に呼んでたっけ」

 僕は昼間に処刑されることになっている。今日の昼間。

 今日が僕の命日だ。そういうことになる。不老者であっても不死者なのか知らない僕が、ちゃんと死ぬのか分からないが、今日死ぬことになっている。

 なんでそれを聞いたかと言うと、会話の中でそれだけがずっと気になっていたからだった。僕はそう昔から呼ばれていたっけ? 思い出せない。そもそも、十三番がどう自分を呼んでいたかなんて、僕は知らない。

「ねぇ、十三番――」

 最期かもしれない、そう思ったからかもしれない。

「そんなのお前が『一』って呼ばれていたからだろ。フランス語でONEはUN。つまり――アンだろ」


ONEワンTWOトゥーTHREEスリーUNアンDEUXドゥ―TROISトロワ。貴方は一番だから――、アン』


「あの人、ネーミングセンスが皆無だから。元々親にもらった子どもはともかく、俺やお前みたいな、名前も貰わずに捨てられた子どもは数字で名前を付けていたはずだよ。といっても、名前がなかったのは俺とお前だけ。俺はその名前が嫌いだったよ。ラテン語で『十三』って意味だったとしても、『TREDECIMトレデキム』なんて安易すぎる。お前だって気に入ってなかったはずだ。初めてあの人と出かけた先で、見知らぬ人にからかわれたとかで、大泣きしていただろう。それ以来、お前は自分の名前が呼ばれるのを嫌がったんだ。だから、俺は嫌がらせに呼んでいた――」


『センスないよ。なんで僕にそんな名前を付けたんだよ。お陰でみんなにからかわれた!』

『いいじゃない、『ONE』じゃ安易すぎるけど、アンなら人の名前らしいでしょ?』

『そんな、記号じゃないんだから』

『名前なんてお飾りなんだから、大切なのはその人の中身でしょ? ほら、アン君。今日も美味しいご飯をお願いね』

『もう! そうやって誤魔化すんだ、ヴィーナなんて知らない!』


 僕は後ろで縛られている手が、動くことを確認する。昔話をしてぼんやりしていたせいか、十三番トレデキムの手が縄を緩めに結んだのだろう。隙間が少し空いている。僕はそれに気付かれないように手首に力を入れた。縄を絞めている時に力を入れておくと、緩めた時に更に隙間が広がる。

「――……と」

「何か言ったか」

 思い出せた。ようやく思い出せたよ、師匠。

 僕は上がってしまう口角を抑えながら呟く。

「ありがとう、十三番。僕はようやく君に報復できるよ」

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