16.Pay for death. Ⅰ

 目が覚めた場所は、地下牢だった。

 手足は動かすことが出来ない。頬を床に擦り付け、地面に寝かされ、体に鎖が巻かれているのを確認する。縛られた手首を押さえつけるように、腹辺りを縛られている。お腹の傷が手当てされ、包帯で巻かれているのを見ると良心的だと思うが、逆を考えれば出血死することはなく、この牢で生き永らえてしまう。

 その手当は、ほんの時間稼ぎにほかならない。僕は逃げられない檻の中で無駄に生かされるのかもしれない。僕を確実に十三番が処刑したいだけの監獄。僕が死ぬのを観覧する、残酷なお遊びみたいな、なんにもないこの場所。

 息をすることしか出来なかった喉がちゃんと動くのは、手当てされ、しばらく寝かされたことによる一時的なものだろう。

「チッ」

 舌打ちを一つ。広い空間に響く。

「殺されるな」

 魔法使いが異端審問官に捕まった。しかも、持ち物は全て奪い取られている。あの魔道書は向こうの手の中。証拠は見つかり、即刻処刑が始まる。尋問は要らない。吐かせるための拷問も無しに、僕は火炙りだ。

「ケイティは……大丈夫だろうか」

 妖精は鉄の鎖で身体を傷つける。あの袋からは出られない。彼女も拘束の身ということだ。

 どう考えても詰んでいる。こりゃダメだ。冷静に頭が動くのは、長く生きてきて経験を積んでいるからだと思う。

「彼女は……大丈夫だろうか」

 大丈夫なわけがない。

「ごめん、ごめん、ケイティ」

 僕についてきたばっかりに、彼女もろとも殺される。

「……起きたか」

「起きたよ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てながら声を返す。顔を見上げると、冗談みたいにあの頃と同じ彼がそこにいた。さっきは深くフードを被っていたから見えなかったが、やっぱり彼だった。

「たくっ、師匠の次はお前か。本当に虫唾が走るよ」

 僕は黙ってそいつの顔を見た。

「なんで師匠を殺した」

「……それ、お前が知ってどうなる。お前が追体験するのに、それを教えてもな」

 おそらく異端審問官だと思われるのだが、僕の牢にわざわざ来て話す理由はなんだろうか。

「それより、ほれ。こいつだけは生かしてやるよ。でも、お前はな。こいつは見世物にはなるが、殺すには惜しい。そうだろ?」

 そう言って牢の格子から見せてきたのは、ガラスの瓶だった。ボウっと光っているのが僕にも見える。

 でも中に何が入っているのか、僕には分からない。視えないということは、入っているのは彼女だろう。

「ケイティか」

「そうだな。お前の使い魔だろう?」

「彼女をどうする気だ」

「お前が殺されてくれるなら、お前には話してやる。俺がどれだけお前が死ぬのを待ちわびていたか、たっぷり聞かせてやる。そしてこいつも放してやるよ。お前が死んでくれるのなら」

 単純に考えるなら、僕は真実を知り得るし、ケイティは放して自由にさせてもらえる。でも――、僕は殺される。

 それは僕にとって利点が二つ。自分が死んでもいいとさえ僕は思っている。喉から手が出るほど欲しかった情報と、自分の命、賭けるならどちらだろうか。

 どっちみち、ここは牢で逃げ場はない。

 逃げおおせたとしても、隠れ家は捨てて逃げなければならない。それに僕は人工的に造られた不老者だ。自分の身をもって師匠が不老不死を作り出せたか、実験するチャンスじゃないか。

「うん、話を聞くよ」

「契約成立だな」

 不思議とケイティの声が聴こえなかった。十三番曰く、僕が彼と喋っている間もずっとうるさく騒いでいたらしい。僕にはその声も聴こえず、十三番がうるさいと瓶の中のケイティに散々怒鳴っていた。それをただ眺めることしか僕にはできない。

 声すらも聴こえない。

 とうとう僕は魔法使いとして、地に堕ちたのかもしれない。

「視えないし、聴こえないと来たか」

 吐き捨てる。

 それを十三番は、不思議に思っていたのかもしれない。あっさりと僕が死ぬ道を選んだ――、そう僕の性格を軽んじていたわけではあるまいに。

「お前、もしかして」

 十三番が僕の近くに来た。牢の格子から手を伸ばし、僕の腕を無理やり引っ張って僕はあいつの方に引き寄せられた。

 耳元に十三番が持っていた瓶を押し付けられる。しばらく、十三番はそのままでいた。僕にソレが聴こえるかどうか、確かめるみたいに。

「……こりゃ驚いたな」

 十三番が乾いた笑いじみた声を出す。

「お前、聴こえなかったのか。ハハッ。こりゃいいや」

「それを笑いに来たのか」

「ああ、その言い分じゃ、これが視えてもいないんだな」

「そうだけど」

「哀れだなぁ、アン。師匠の一番近くで、仕えている羨望の中心が、まさか自分の使い魔も視えない声も聴こえない、魔法使いの落ちぶれなんてなぁ。滑稽にも程があるよ。それにこいつはあの女の使い魔じゃないか。本当に、お前は俺が消したいものを持ってきてくれる。こんなにいいものはないよ」

 ペラペラと、よく舌が回る奴だ。僕が彼を侮蔑するのを、彼は知らないが、彼は僕が侮蔑していると察する能力だけは高いらしい。僕はふとこの状況は、よく聞くあの話に似ていると思った。

「裏切り者のユダめが、ペトロの僕に逆らう気かよ」

 お前が僕の事、どう思っていたかは知らないが、師匠を売った裏切り者に言う価値なんてないだろう。

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