15.Fight with ignorance as a shield.
「はぁはぁ……」
嵌められた、そう思うしかない。
「ゲホッ」
自分が調べていたことを逆手に取り、手の内に誘い込み、僕はまんまと嵌められた。それをしていたのは自分の方だった、と僕は自分が罠に嵌められた瞬間までそう思っていた。
油断などしていなかった。だって、自分がしていた行為は、一歩間違えば自分を破滅に追い込む。油断などするつもりもなかった。しかし、警戒心で気立った僕を誘い込むのは、奴らにとって造作もなかった。
いい情報があると、誘い込むだけ。
お前らの仲間に心当たりがあると、耳元で囁かれるだけで僕は堕ちた。場所を指定され、行く手を遮られ、魔術が使えない僕はどうすることもできない。
腹から血が出ていて、目元が眩む。
「どこだ、どこに逃げた」
近くで声が聞こえる。滴る血が、地面に落ちて、足跡をつけていく。点々と、点々と、僕がいる場所を奴らに教えるように。どんなに逃げてもその目印を追いかけて、どんなに逃げても追いつかれる。僕は神さまにも見放されたのだと、今更ながら後悔する。
元々神なんて信じてやしないのに、今だけはと思う。
馬鹿だなぁ、僕は。
「ゲホッ……」
逃げないと。逃げないと。逃げないと。
「ごほっ」
吐き出したのは血の塊で、僕はそれを拭った。ここでつかまるわけにはいかない。まだ、十三番がどこにいるのか掴めてない。ケイティがあいつらに捕まって、鉄の鎖帷子でぐるぐる巻きにされているのを、僕は見たのだ。妖精は鉄によって肌を傷つける。
彼女はもう二度と動けない。
「見つけた」
後ろから声がして振り返った。
「あっ……」
声が出なかった。腹を剣で貫かれて、力が入らなかったからか。咳き込むと血が出るこの状態で、使い魔なしで何ができる。魔導書はどこかに落とした。丸腰で何ができる。
神が僕に見向きもしないのなら、悪魔にでも助けを頼もうか。僕の穢れた魂でも良ければ、僕が死ぬまで守ればいい。
「必死に逃げてたけど、もうおしまい? ずっと前から目星はつけていたんだけど、君を捕らえるのは周りも渋ってたんだよ。君が出した魔法のせいで、お気に入りのマントが焼けちゃったよ。でも、もう何もできないよねぇ」
ダメだ、もうおしまいだ。
こうなっては、僕には何もできない。腹から血を出し、もうフラフラの僕に、立つ気力もない。近距離で足を払われれば、二度と立てなくなり、気絶させられるのがオチだ。
最後にと、しゃべり続けるそいつの顔を見てやろうと顔を上げると、そいつは僕の髪の毛をわしづかみして引っ張り上げる。立たせるわけでは無いだろうが、想像を絶するほど痛くて、僕は悲鳴を上げた。そいつはクスクス笑いながら、僕を向こうにぶん投げる。
「うぐっ」
ああ、もう嫌だ。
いっそのこと、ここで殺してやくれないだろうか。そんなことを思うのは、僕が他人よりも自分を大事にしない性分だからなのかな。ここで捕まっても、未来は見えているのに、足掻けと? 足掻いてどうなるんだ。足掻けば、死ぬのが遅くなるとでも? どっちみち死ぬのに。
「動けなくなった? おーい」
そいつはからから明るい声を出して、壁にもたれ掛る僕に近寄り、僕の前にしゃがんだ。僕は血が滴る右手を見て、一か八かの賭けに出る。
「おーい、異端者君。もうあきらめたの」
顔を伏せる、僕の前から声が聞こえる。
「おっと、危ない」
「……し、……ね」
僕はそいつの首に手を伸ばしたが、寸前で止められる。僕の左腕をそいつが掴んでいる。僕はニヤッと口角を緩める。
「やっ……た」
流れた血で描いた魔法陣。術師以外の人間が触れば、その人間を爆散させる。それを左腕に描き込んでおいた。
直に触ったそいつは、爆風と共にはじき出された。僕は術が上手くいったと安心して、立ち上がろうと足を踏ん張ったが、力が入らなかった。見るとパンパンに腫れ上がっている。
足を折ったか、捻挫したか。
仕方ないので、腹這いになって腕だけで這う。肘が地面に擦れて痛くて仕方ないが、逃げ切るにはこれしかないようだ。
どこか隠れられそうな場所があれば、怪我の手当てもできる。手当てが上手くいけば、また立つことができる。治癒魔法もできるのだからそれほど困った状況じゃない。ケイティはその後に助け出す。だからここは逃げる。
「はぁ……うぐっ」
息は荒い。急がなければまた見つかるかもしれないが、アレを直で受けて大丈夫な人間がいるわけない。きっと逃げ切れる。逃げ切れる。逃げ切れる。
逃げ切るんだ。
「おい、よくも俺に」
声が後ろで聞こえて、振り返る間もなく引きずって無防備になった足を思いっきり踏みつけられた。
「……ッ!」
声は出なかった。
というか声にならないという方が正しい。折れた足を踏みつけられるほど痛いものはなく、グリグリと革靴が押し付けられる感触がする。悶えるしかなかった。
「おい、答えろ。もう逃がさねぇからな」
声が出ないのを知ってかしらずか、そいつは僕の足を踏みつけ続ける。答える気が無いのではなく、もう気力がないのに。
声がもう出ないのに。
それにあの術をもろに受けて、生きてられる人間がいるはずが無い。あれはほとんど禁術で、僕だって魔法陣の図形を見ただけで使ったことなんてない。
あぁ、やっぱり彼奴は――。
「一番目の弟子、俺がどれだけお前に恨み辛みがあることを知っているよな? お前が何をしたのか、お前が知らないわけがないんだ。なぁ、アン」
「……バケモノめ」
僕の予想は的中しており、やっぱりこいつは十三番だった。
「今からお前の意識を飛ばしてやる。なぁに、怖いことなんてないよ。ただ寝てくれるだけでいいんだから」
十三番の声を最後に、僕は意識を失った。薬品を嗅がされたか、頭を殴られたか、どっちにしろ分からない。
その時に僕が何をされたのか、なぜか覚えていないのである。
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