13.Whenever you are a gentleman.Ⅰ

 そのあとの数日、僕とケイティは一言も喋らなかった。周りの二人はそれに気づいていて、なんとなく察してくれているが、魔法使いと使い魔の仲違いとは片腹痛いものがある。

 魔法使いと使い魔とは、お互いに背中を預け合い、依存し合う間柄だっていうのに、今の僕らは背いている。僕は彼女がいなければ魔力を行使出来ない。それは致命的なことだ。

 でも、僕は頑なに彼女と話さなかった。彼女が話しかけてきても――、無視し続けた。

「おーい、ねぇっ」

 うるさい。とてもうるさい。そろそろ諦めればいいのに。僕の元から去って、他のところに行けばいいのだ。

 僕は冷たかったかもしれないが、今の僕は「隣人を愛しましょう」だの戯言に付き合っている暇はなかった。

「おーい」

 無視を決め込め。

 僕に彼女は視えない。それが救い。視えなければ気にしなくて済む。声は目線の先から聞こえてくる。おそらく僕の顔の前にいるのだろうが、僕が視えないせいでそこには何も存在しないのだ。

「さてと」

 僕は机の上に本を乗せる。

「ヨハネ・ニーデルの『蟻塚』じゃない。どこで手に入れたのよ」

 彼女が茶々を入れる。

 一四七五年出版であるこの本は、魔女や悪魔の否定本とされている。僕は彼女の言葉は無視して、ページを開く。しばらく読んでまた次の本を開く。

 十三番は今、どこにいる。

 ある程度の目処はついていた。

「摘発した市民としての立場にしては、処刑の日付が計画的過ぎる……おそらく内部にいる。教会側。もしくはあんまり考えたくはないけど、異端審問官か……信徒か」

 さすが裏切り者。僕らの逆にいる。

 そしてこうも分かる。仮に奴が異端審問官ならば、僕が調べ続ければ向こうから尻尾を出してくるだろう。これは領導作戦。餌を撒いて、引っかかる魚を釣り上げるための布石。

 間抜けに釣り上げられた魚に、命乞いをする余地はない。

「そんな禁書、どこで手に入れたの」

 机の上に置いたのは、『魔女への鉄槌』――1486年出版、まだ各地で転々と行なわれるだけで済んでいた、魔女狩りの火付け役となったとされている、宗教裁判官の恐るべき聖典――。

 僕はそれを閉じた。

「ケイティ」

 僕は彼女に誓う。

「これは僕の問題だから、絶対僕は、」

「分かっているから。でも、今詰めすぎるのはやめて。見ている方が辛いから」

 僕の言葉を、彼女は途中で遮った。止められた僕は、続く言葉を飲み込んで、しばらく口をパクパクさせる。さっき僕は奴を「魚」と形容したしたが、今の僕こそソレだ。

 彼女は何を考えている? でも、彼女が視えない僕に、彼女の表情を読むことは出来ない。

 だが、僕の姿が見える彼女は僕のことはよく分かっている。

「君は何でも一人で抱えすぎるよ。たまには周りを頼ってもいいのに。そのために使い魔わたしがいるのに」

 僕は黙った。確かにそうかもしれない。

「でも、僕は君に酷いこともした。クッションを投げつけて君に怪我をさせただろう。それはもう怒っていないのか」

「――怒っているわよ。おかげさまで、羽根の一部が欠けちゃったもの。治るけど、しばらく時間かかるし」

「だったらなんで」

 僕には視えないが、ケイティの羽根の一部が欠けたと言う。でも、僕にはどのくらいの傷なのか想定もできないし、治療もできない。

 だって、僕に君は視えない。

 君が今、どんな顔をしているのかも――、僕には視えない。

「だから、そんなことやめて。無視なんてしないで。ちゃんと答えてよ。絶対だから」

「僕は」

「言い訳しないでよ!」

 こう言われては何も返せない。

 幼い時から、『女の人を泣かせてはいけない』と教え込まれた英国紳士である僕は、この場に持ち込まれては何も言えないのだ。元々平和主義者の、争いを好まない性格でもあるのだが、口論で女性に勝てるほど、僕の口は達者ではない。情けないように見えるかもしれないが、火に油をかけるほど、僕は命知らずではない。

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