12.I can not go to hell or heaven.

「起きなさぁぁぁぁい!」

「グハッ」

 腹に圧がかかり、僕は眠りから無理やり起こされた。呼吸を整えて数分を要するくらい強烈な一撃。

 それを行ったのは一人しかいない。

「ゼェゼェゼェ……五番ちゃん、僕を殺す気なのか、そうなのか。答えて答えろ答えて!?」

 僕が必死で確認するも、彼女はにこやかと笑顔でこういう。

「私の名前はルネ!」

「そうだったね。ルネちゃん。このキツイ一発をおみまいしたのは、君か? 君だろう? 僕は一瞬、煉獄れんごくが見えたぞ」

 まだ痛い。本当に死ぬかと思った。

「だって全然起きないし、なんか泣きながら寝てるし、うわごとを繰り返してるし、心配で」

「泣いてる……」

「ほら、目元」

 目元を拭った。確かに濡れている。

 そういえば、あの夢の中で僕は泣いていた――。

「ルネちゃん、ちょっと僕の部屋から出てて。ご飯ならすぐ降りて食べるから」

 僕はルネを急いで部屋から出して、鏡の前に立った。案の定、目元が腫れて赤くなっている。一晩中泣いていたのか。

 いや、あの夢の中だけだろう。

「プハッ」

 顔を洗って目の周りの涙を流した。

 冷やせば腫れているのはなんとかなる。タオルはどこだろう。顔が濡れたまま歩いて、床に水が垂れても、タオルが何処にあるのか分からなかった。

 仕方ないので、今は着ていたシャツで拭いた。少し汗の匂いがしたが構わない。気にしても仕方ない。

「あー……。何してるんだろ、僕」

 今更幼い時の夢を見て、会えた師匠が嬉しくて泣くのか。そんなに子どもだったか。いや、あの夢の中では子どもだったから、その場の雰囲気に甘えて……いや、ダメだ。

「僕って、情けない」

 見た目は確かに十六の少年だけども、もう何十年も生きた大人なのに、なんで僕はいつまでも変わらないのだろう。

 立派に、なんてなれてない。

「ルネに泣き顔を見られた……」

 恥ずかしかった。純粋に。

「泣き顔を見られたくらいで、慌ててどうしたの? らしくない」

「うるさいな」

「あら、今度は逆ギレ? こわぁい」

 何処からか声がする。これはケイティだろう。どうせ、どこかで飛んで僕の様子を見ていたのだろう。

「なんの夢、見てたのよ」

「うるさい。黙っててよ」

 僕はやっと部屋の隅にタオルがあることに気づき、それを手に取った。

「なんの夢を見てたのよー」

 耳元で声がする。大きく怒鳴り散らすような声だ。とてもうるさい。僕はタオルで顔を隠しながら、声に向かって答えた。

「師匠の……夢だった」

「へぇ。それで歓喜で泣いちゃったと」

「そんなわけないだろ」

 ――なんで分かるんだ、そんなこと。

「図星ね」

「そ、そんなわけないだろ」

「知ってる? 普段から頑なに本心を隠している人はね、図星を当てられると狼狽えてしまうものなの。腹の中を探られることに慣れてないから、他の人以上に反応してしまうものなのよ」

 どんな理論だ、それ。

 チラッと彼女に見つからないように鏡を見ると、僕の顔は耳まで赤くなっていた。なるほど。確かにその理論は正しいらしい。自分が思っている以上に顔に出るタチらしい。

 あぁ、ダメだ。情けない。

「結構、恥ずかしがり屋なのね」

「うるさいっ!」

「それか照れ屋?」

「うるさいったら、うるさいっての!」

 僕は近くに置いてあったクッションを声のする方にぶん投げた。小さく悲鳴が聞こえて、たちまちなんの音もしなくなる。僕は息が上がっていた。肩で呼吸をして落ち着かせる。

「うるさい……、僕が……、僕が何をしたっていうんだ……、何も知らないくせに……、僕がどんな気持ちで師匠を想っていたか、君は何も知らないくせに……、僕に口出ししないでくれ……、僕をほっといてくれ」

 彼女は何も言わなかった。僕は寝台の上に寝転がって、布団を被った。

「ぐすっ……、うぐっ……」

 沈黙の中、嗚咽だけが響いていた。

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