11.A dream of a young age.

 その日から僕はケイティに見えないところで着々と準備を進めていた。ろうそくの灯りが吹き消された深夜、寝台の上からこっそり起き上がって机に向かう。

 決して見えないように、密かに。

 僕は例え、十三番を捕らえたことによって自分が捕まってもいいと思っていた。いや、相殺でなければ、あいつは捕らえられない。あいつを、――殺す気で取り掛からなければ、あいつには勝てない。全て終えて、自分が死ぬなら本望だ。

「よし、良い調子だ」

 僕は狂っていたか――、きっとみんなに聞けば、その答えは「イエス」だろう。この時代の風潮でもあったかもしれないが、僕は狂い始めていた。もう手遅れ?

 ははっ、まさかね。

 永い間、この世界を見てきた。

 でも、ちっともかわりゃしなかった。市民は貧しい。貴族や王族にとって、市民なんてその辺に落ちているゴミと同じ。初めから見えてなんていないのだ。あいつらは変わらず豊か。

 市民は社会から孤立した善意の市民を、悪とし憂さ晴らしに処刑する。それを見て見ぬふりして、また次の犠牲者を探す。それは神のアガペーを最期まで信じたにも関わらず、処刑されたキリストのようだった。

 嗚呼。僕よりよっぽど、この世界は狂っている。

「終わらせてやる」

 そう、これは終末だ。ただ、因縁を晴らすだけ。

『モルス、モルタ。力を貸し給え。我が粛清の為、御身の性を慈しみ、我が同胞の仇を討たんとす。

 ――フリア・フリーナ・タキタ・ディ―ス。

 尊し六柱、我にその尊厳なる力を』

 裏切り者には死を。



「ねぇ」

 僕はそう聞いていた。朝日が昇ったばかりの刻のことで、僕は全然起きない貴方の体を揺らしていた。

「起きて」

 僕はすぐに、これが夢だと分かった。

「まだ寝かせてよ」

「ダメだよ。もうご飯できたんだ。早く起きてよ、ヴィーナ」

 自分の身長がいつもよりとても低くて、自分が揺らしているのは自分の師匠だった。

 ヴィーナ、と言うのは、昔自分が「師匠」と呼ぶ前の愛称だったっけ。僕は小さな子どもの姿だった。幼いあの時の自分に、今の自分の魂が入り込んだような感覚。

「まだ眠いの?」

 そういえば、朝早くに師匠を起こしに行くのが、幼い時の僕の日課だった気がする。

「もう大丈夫。昨日、薬の調合を夜遅くまでやってたの。だからそのせいね」

 自分の発する声が高くてちょっと落ち着かない。もしかしたら声もコントロール出来るのかな、そう思いながら彼女の顔を見た。久しぶりに見る彼女の顔は薄っすらと目の当たりに靄がかかっていた。そこだけ記憶がすっかり抜け落ちてしまっていて無いのかもしれない、そう思うと少し悲しかったが、久しぶりに会えた。

「ヴィーナ」

「ん? どうしたの」

「僕ね、ちゃんと立派になったんだよ。魔法も扱えるようになったんだよ。だから、だから」

 彼女の胸に飛び込んでぎゅっと抱き込んだ。絶対離すもんか、そう思いながら。

「ヴィーナ、死なないで。僕の前からいなくならないで。僕、絶対にヴィーナを守るから」

 最後は鼻声だったと思う。会えたことは嬉しい。でも、僕は間に合わなかった。結局死なせてしまった。ずっと後悔して我慢して溜め込んだ何かが、溢れて止まらなかった。

「どうしたのー? 何か怖い夢でも見たの? 私の大事な大事な一番弟子ちゃん。夢の中の怪物を怖がってちゃ、立派な魔法使いになんてなれないわよ? ほら、良い子良い子。泣き止んで?」

 頭をぽんぽんと撫でられる感触は、夢の中なのにやけに鮮明で――、懐かしかった。

 最後に彼女が僕の名前を呼んだ。

 そんな気がした。

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