9.I do not believe that God is great.

「……下ろして」

「ん?」

「下ろしてよ!」

「あぁ」

 ルネはすっと自分から離れ、走ってドアを開け、さっさと家に入ってしまった。僕は首を傾げる。

 そんなに慌てて、どうしたのだろう。

「……罪作りな男ね」

 耳元で声が聞こえた。

「ケイティ、あんまり出てくるなって。異端審問官に見られたらどうするんだよ」

「貴方が閉じ込めるから腹いせにね。それに家の前なのだから人なんていないわよ。貴方も家に入ったら? ……幼く見えてもあの子って、貴方よりも歳が上の立派な女性でしょ? そんな彼女に何してんのよ」

 僕には視えない精霊が、くるくると僕の周りを回っている。

 僕は彼女に睨みを飛ばしてからドアを開けた。ケイティは僕が瓶に閉じ込めたことをまだ許していないらしい。ヨハンナが瓶から出して、こっそり付いてきていたようだが、僕が何をしたっていうのだ。僕はただこうしたらいいのではと、思ってしただけ。

 罪作りだなんて、言いがかりも良いことだ。

「ケイティ。ちょっと頭を整理したいから話し相手をしてくれないか」

 でも、ケイティを自分から離すつもりはなかった。僕は彼女にそう聞いて彼女の同意を得る。

 トントン、と足音がしてきっとヨハンナだと思った。僕は「部屋を借ります」と言おうとしてその足音を待っていた。

 だが、予想は違った。

「あ」

 そんな声を上げた瞬間、僕の体は床に叩きつけられた。頬を殴られ痛さで顔を歪めても、自分の上に乗った男の重さで自分の体は動かない。

「お前か!」

 気づいた時には、男の握りこぶしが容赦なく振り落とされた。防ごうと思っても次から次へと振り落とされる。

「ぐはっ」

 男が乗っているのは僕の腰辺り。足は全く動かないので、腕で顔だけ守っていたがどこかに隙は出る。

 僕の見た目は十六歳だ。

 大人という年ではない。青年か、いや少年という年だろう。大人からの暴力に抵抗できるほどの力など僕にはないのだ。

 怖い男の顔だった。殺気立って今にも僕を殴り殺しそう。

 いや、本当に彼は僕を殺すつもりなのだろう。現に彼は、殴った僕の頬から血が出ても、止めようとはしなかった。

「……! ロレンツォ、やめなさいっ!」

「こいつが! こいつが! こいつが元凶なんだよ! 俺はこいつを許さねぇ、絶対にゆるさねぇからな!」

 僕はその時には何も言えなかった。意識の遠くで男と女が怒鳴る声がする。小さい声が耳元でする。殴られた腹はズキズキ痛むし、頰もジンジンする。

 ジワッと血の味が口の中で広がって吐き出した。歯が一本飛んでいくのが横目で見えた。

「……っ、ッ!」

 暗転する。誰かの声がした。でも僕には聞こえない。ごめん、ちょっと僕は――。

 今は寝ていたいんだ。

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