8. His inattentive romance flag.
「一番くん」
「……なに」
僕は小さい手を握って歩いていた。握っているのはルネの右手。ヨハンナに言われて、僕はお使いに出されていた。
「一番くんはなにが好きだったっけ」
「僕は……」
僕が好きだった食べ物は――。
「師匠は、なにが好きだったっけ」
ルネは僕の顔を見て、訝しい顔をする。
「……あ、ごめん。ルネちゃんの好きなやつでいいよ?」
「だって私は、いつも作ってもらえるもん。ヨハンナがね、一番くんの食べたいものを作りたいからって言うの」
ぷうっと膨れた顔をする少女に僕の顔はほころんでしまう。
「でも市場に行かないとなにが売っているのか分からないだろ? 最近は売ってない食べものも、多いんだか……ら……」
僕の言葉が途切れたのを聞いてルネは首を傾げたが、僕にとってはそれどころではなかった。
ルネの口を塞いで、すかさず裏路地に入り込む。壁を背後にして、通りの人に見えないように屈んだ。
「……どうしたの」
「シッ! ……黙ってて」
強く腕を引っ張りすぎたのだろう。ルネの目には涙が光る。
「ごめん。痛かったよね?」
「大丈夫」
強がる声は、震えていた。
僕は通りの向こうから歩いてくる影に耳を澄ませた。聞き馴染みのある怒気の混じった外国語。それが聞こえたからだ。
「……ドイツ語……」
何か紙のようなものを配っていた。対する店の店主は聞き馴染みのある言葉で対応する。チラシを配る男が話していたのは、自分が帝都にいた時、よく聞いて自分も話せるドイツ語だった。
「なに?」
「……ルネ、少しずつここを離れよう」
「うん」
異端審問官。
「ルネちゃん、抱っこするから僕の首に手をかけて」
僕はルネに向き合い、彼女の目線までしゃがんだ。
「……ヘッ!?」
ルネは僕の言葉に驚いた顔をする。
「早く、ほら」
「えっ、ちょっ……ヘッ!?」
「早く」
ルネはそれでも動かないでいた。僕はため息を吐いてから、彼女の身体をそっと自分の方に寄せた。そのまま持ち上げれば抱っこの形になる。
「ルネ。僕の首に手をかけないと安定しないから、首に手をかけて。その体制でいいならそうするけど、落としても知らないよ」
「……そ、そういう問題じゃない……」
「どんな問題だい。君は背が低いからどうしても足が遅くなるだろ? 僕が抱っこしたほうが早いじゃないか」
「……そういう問題じゃないでしょ!」
僕は首を傾げる。何か僕が変なことをしたのだろうか。ルネの顔は真っ赤で、ずっと僕から目をそらし続けている。それに歩くよりも僕が抱えて走ったほうが早いじゃないか。子供連れが魔法使いだと思わないだろうし、怪しまれないのに、何をそんなに恥ずかしがっているのか。
僕には分からなかった。
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