5.It has no name, the same as not exist.

「いっちばっんでっしくん!」

 図書館で本を選んでいた時、僕は声をかけられた。大袈裟に飛び跳ねる元気な声に振り返ると、そこに居たのは一人の少女だった。十六で体の成長が止まっている僕より背が低い彼女は、僕の腰あたりの高さから僕を見上げている。

「……君か」

「お久しぶり〜。元気してた?」

「相変わらず、うるさいね。僕は元気だよ。変わってないだろ?」

「ちっとも!」

 僕からしてみれば彼女も変わっちゃいないのだが、僕は彼女の目の高さまでしゃがむ。立ってものを言うと、上から目線のようで嫌だったのだ。

「……君は減ったね。また身長が」

「ええー、最近『折り返し』したばかりなんだから増えるはずだよ!?」

「そうだね」

「あー、馬鹿にしてない!?」

「してないさ」

「頭を撫でるの、やめて」

「君が小さいからね」

 金糸のようなストレートの髪は、彼女の背中まである。とても細く綺麗な髪だといつも思う。

「これでも君よりも歳は上なのにぃ」

「ふふっ、そうだったね」

 僕は拗ねて膨れる彼女を見て、ニコッと笑った。

「五番ちゃん。みんなはどこ?」

「私は五番じゃなくて、『ルネ』だって言ってるじゃないー」

「……あぁ、ごめんね」

 彼女には名前があった。ラテン語で「生まれ変わる、再生する」を意味するレナトゥス。それを起源とする彼女の名前。

 とても素敵な名前だと僕は思う。

「……五番ちゃん、他のみんなは?」

「だから私の名前はルネだって!」

 彼女が歩き出したので、僕はついて歩いていた。先を歩いていた彼女は、急に僕を振り返った。僕は目頭に溜まった水分を拭って彼女に笑いかける。

「ルネちゃん、みんなはどこ?」

「もう仕方ないなぁ、こっちこっち!」

 ルネは僕の手を引っ張り、僕を急かす。僕のさっきの涙は彼女には見られていない。彼女がさっきの涙を見ていたとしても、彼女にその意味は分からないだろう。僕は単純に羨ましかった。あどけない少女が嬉しそうに話す自分の名前。

 ――僕には名前が無いから。

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