4. If you are me evil, I do not mind it.

「さてと、ここのはずなんだけどね」

 そこは大通りから路地裏に入ってしばらくした後見つけた。地下へ続く階段の奥、小さな扉がある。降りてその扉の前に立つ。

 ノッカーでコンコンとドアを叩いても、中から返事はなかった。

「変ね」

「……おかしい」

「外出中かしら?」

「……」

 僕は扉に耳を当てて中の様子を探った。

「誰もいないのかな」

「どうするの?」

「待つしかないけど、あまりここにずっといるのもね」

「……どうするの?」

 彼女がまた同じ質問をした。僕は持っていた手帳の後ろのページを破いて、一文添える。それをドアの隙間に挟んだ。ケイティが覗き込んでそれを読んだが、彼女には理解できないだろう。

「……『ミネルウァとムータが愛する場所にいます』?」

 僕は扉から反対方向に歩き出した。

「ミネルウァとは、知恵の女神。ムータは沈黙の妖精、または女神のこと。つまり知恵と沈黙が愛する場所」

「……どこに行くの?」

「図書館さ」

 図書館なんてものは街に一つあればいい方だ。それにそこにある本を読んで時間が潰せる。待つ場所としてこれ以上といい場所はない。

「高いのではないの?」

「借りなければね。そこで読めばお金は取られないんだよ」

 その前にしなくてはならないこともある。僕は鞄の中から空になった瓶を取り出した。蓋もついている。

 丁度いい。

『トレデキム・アエラ=クラ』

 十三番目の女神よ、我に汝を捕縛する力を。

「なんで閉じ込めるのよ!」

「本当にごめん。でもね、ひらひら飛ぶ君を連れて行くより、閉じ込めて飛ばないようにする方がさぁ。僕もこんなことはしなくないんだけど、仕方ないよね。僕も空気に向かって喋りたくないんだよ。だからごめん」

「もう!」

 トントンと中で何かが叩いている。小さな生き物がこの瓶の中に居る。僕には視えない何かが――。

 あぁ、君の存在は嘘ではないんだな。

 僕は思う。君が視えない僕は、たまに君が幻で、君の声が幻聴なのではないのかと。

 僕の掌に、確かに君は居るのだと、僕は思う。

「行こう。僕の名前を探しに行くんだ」

 君の姿を僕は視てみたい。

 その為には、僕は僕自身の名前を取り戻すこと。僕は魔法使いで、最近この辺りの国々は、僕みたいな異形の力を使うものを『魔女』と呼んで処刑している。

 僕の師匠も、処されて火炙りになった。

 僕は捕まってはならない。

「大人しくしていてよ」

 僕の使い魔はすっかり静かになって、瓶の中にいるらしい。瓶を鞄にしまって僕は行く。

 僕は魔法使い。

 魔法でなんでもできる賢者なのだ。

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