3. God does not know our future.

「ケイティ、僕に力を貸して」

「はーい」

 名前のない僕は普通の魔法使いと同程度の魔法さえも使えない。使い魔として魔法生物との契約により魔力をもらう他ないのだ。だが、僕に魔法生物は視えない。だから契約するにしてもそれは難しい。誰しも自分が視えない主人に仕えようなど思わないからだ。

「ねぇ、でもさ。わざわざ貴族の屋敷を借りて歩かなくても良かったと思うのよ」

 ケイティはぶつぶつと小言を言う。

「嫌味な小言を言われるし、窮屈だし、羽がちっとも伸ばせやしないわ」

 荷物を片しながら、僕は彼女の方を見ずに続ける。泊まったこの部屋は、辺鄙な場所にある田舎貴族の屋敷だった。そこに一晩泊まり、朝を迎えた。田舎貴族といえ、貴族なのは確かで、僕らは親切に歓迎してもらえたわけではない。

 使えと言われた部屋は薄暗く埃っぽい屋根裏部屋。出された夕飯は、パンと牛乳とイモだけだった。歓迎は全くされていない。ケイティは朝から不満ばかり言っている。

「まぁね。でも、田舎の宿を借りるにしても追剝ぎとか強盗に合うからね。危険を冒して夜を怯えて過ごすなら、少しの嫌味があっても貴族の屋敷の方が安全なんだよ。僕は身分を明かすことなんて出来ないから」

 最近、どこも飢餓で貧しい。数年も冷夏が続いて作物が取れなかった所為だろう。農村は荒れ、都会の貧民街も広がった。どこもかしこも暗く落ち込んでいる。そういう時は更に犯罪も増え、田舎の宿屋に泊まったら深夜に身ぐるみ剥がされ、寒い外に追い出されたとは、よく聞く話だった。

 それともう一つ理由もあった。

「それに追剝ぎに遭って、僕の持ち物を漁られたら、コレが見つかっちゃうよ」

 僕は手に持っていた本を指した。見た目はただの小説だが、中の文字は古い文字がびっちり。

「コレが見つかって僕が異端審問に突き出されたらどうなるんだ? 証拠はこれで十分。尋問も拷問もなしで、すぐさま火炙りだよ」

 この周辺の国はまだその影響は少ないが、僕がいた帝都は酷かった。魔女狩り――、弱者を排除する公開処刑。

「僕は不老者だとしても、不死者じゃないかもしれないからね」

 師匠は、『僕が死なないものなのか』という実験はしなかった。多分、僕が残虐に殺されるのを、よしとしなかったのだろう。そこまでするつもりはなかったのだろう。

 僕が不死者かそうでないかというのは、神のみぞ知る真実だった。

「囚われて処刑されるにしても、僕はそんな死に方は望まないよ」

 身が焼かれる最期は、誰しも望まないものだ。

「……そう」

 ケイティはそれっきり黙ってしまった。

 僕は古びた本を開き唱える。

『デケム・アンゲローナ』

 十番目の女神よ、我の秘密を守り給え。

「僕たちの「記憶」など、彼らは知らなくていい。一晩部屋を貸してくれてありがとう。では、――さようなら」

 僕らは一晩泊まった貴族屋敷を出た。

 彼らは僕の事を覚えてはいないだろう。僕が彼らの記憶を消したのだ。僕らの記憶など残すべきではない。僕は少しでも自分が殺されないよう保険をかけるのだ。少しでも疑惑があったならそれは消せばいい。

 処刑台は望まないよ、僕は。

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