第一章 曲者揃いの第二探偵部
第1話ン 上京してきた名探偵
彼女も俺も年齢的には十六歳、つまりは高校二年生となっていた。
去年まで地元である青森の高校に在籍していた俺たちであったが、とある事情で東京都東雲市にある高校〖東雲高等学校〗に編入することになったのだ。
俺の幼馴染である純名は余裕で合格したのだが……俺は大変だった。
筆記試験ではギリギリ不合格、能力テストではほぼ0点、面接でようやく合格。
壊滅的な点数ではあったが、終わり良ければ総て良しってことだ。
本当にこの世界は不公平の塊だよな。あまりにも理不尽だと思う。
純名は若干16歳にして天才名探偵だ。能力は【犬】である。
嗅覚が異常に発達し、追跡、尾行、推理、すべてを行える人物。
地元でも、大人が解けなかった難題をいくつも解決してきた。
それに比べて俺は、何処へ行っても純名のおまけ扱いだ。
なんで純名はこんなにも優遇さっるのに俺がこんなゴミなんだよ。
自分のことをゴミと言っても、こればかりはどうにもならない。
人間が得る特殊能力と言うのは、生まれたときから決められている。
その歴史は長く、江戸時代にまでさかのぼると言われている。
かつて巨大なる太陽フレアが起こり、その影響は地球まで到達した。
太陽から噴射されたプラズマ電磁波が地球を守っていた磁気の壁を突き破り、大地に降り注いだのだ。その光景はまさに神から授かりし光りの雨だったという。
当時の政府はこれを集団発熱事件として文献に記述している。
しかし、その熱で死人が出ることはなかった。なぜならそれは特性熱だったからだ。それは人の命を奪う熱ではなく、能力が覚醒する前に必ず起きる熱だ。
今となっては当たり前のことだが、当時の人たちは自分の体に起きている異常についての知識は何もなかった。だからこそ、ものすごく怯えたのだろう。
しかし、時代の流れと共に人々は徐々に特殊能力という物を受け入れる。
因みに遺伝する能力もあれば、突然変異する能力もある。
能力が開花する年齢はバラバラだ。生まれつきある人間もいれば、高校生で開花する人間もいる。もちろん大人になっても開花しない人も世界には沢山いる。
ただ、能力と言うのは必ず生まれつき決められている物なので、健康診断で調べれば簡単に自分の能力を知ることができる。能力がない人間なんていないのだ。
まぁ、能力と言っても本当に使えない能力を持つ人だっている。
リモコンがなくてもテレビのチャンネルを替えることができる能力とか。
一度胃の中に入れた水や食べ物を自由自在に吐き出す能力とか……。
能力が将来なりたい職業を合致している人もいれば真逆の人間もいる。
消防士になることが夢なのに能力は【発火】とかだったらとても辛い。
だが、これが現実だ。自分の能力に絶望している人間なんて山のようにいる。
能力を活かした職に就くのか、能力なんて関係なく自分のやりたいことをやるのか。それを決めるのは自分だ。何が一番幸せな形なのか見極めるのも自分。
本当のことを言うと、俺も純名と共に東京へ来るつもりはなかった。
俺はゴミだ。だから地元のリンゴ畑でひっそりと暮らしていたかった。
探偵とか助手とか、正直最近まであんまり興味はなかった。
犬飼純名の親父は名探偵、俺の親父は名助手。だからなんだって話。
俺は俺だ。社会的弱者のようにひっそりと生きる――そう思っていた。
だが、一人の男との出会いが、俺に夢と希望を与えたんだ。
君も探偵になれる。
純名の付き添いでお荷物でしかなかった俺を初めて見てくれた人物。
彼の言葉が俺を変えた。それから俺は自分に嘘を吐くことをやめた。
俺は所詮ゴミだ。そして淳奈は名探偵。だからなんだって話。
彼女がどれだけ活躍していようと、俺が夢を諦める理由にはならない。
それから俺は猛勉強した。猛勉強……もうべんきょう……もうべ……。
うん。
猛勉強した割に筆記試験では落ちてしまった。俺、勉強は苦手なんだ。
でも、面接を
俺が「入学したいです!」と熱い思い伝えると彼は「気に入った!」と返してきた。数秒で俺の合格が決定した。こんなことなら筆記試験いらないじゃん。
いろんなことを考えながら、俺は東雲高校の正門の前で立ち尽くしていた。
青森県田舎館村とは大違いだ。なにが違うって? ――全てだよ。
学校の規模のデカさ、通っている生徒の人数、雰囲気とか空気とか。
この高校の服装は、制服をベースとしていればあるていど自由だ。
そのせいか、学校の制服なのに統一感が全く感じられない。
あの子の髪がピンクの子なんて、ほぼ天使のコスプレじゃないか。
その隣にいる男は、頭にマフラーを巻いているだけで制服は普通だ。
そしてその隣の子はなんだ!? ビジュアル系!? 肌がエロイぞ。
俺は上半身は学校指定のシャツだが、下はオーバーオールだ。
変に見えるかなーと心配していたが、
「うぅ……都会はたげ緊張すっけど、考えてもどもなんね……」
緊張のあまり方言が出てしまった。なんのために標準語を練習したんだよ。
学力はダメダメでも東京弁は見事にマスターした。
東京人は『しゃっこい』とは言わない。『しゃしね』とも言わない。
方言は出さない。東京の人に田舎もんとは思われたくないからな。
よしっ! と気合を入れる。目立たないように普通にならなきゃ。
「普通に……」
俺は普通だ。見た目も性格も、特徴もないし、自慢できる趣味もない。
単体で歩いていれば、町で会っても気づかれない部類の人間だ。
なのだが、とある人物のせいで俺は生徒の視線を釘付けにしていた。
登校する生徒たち。俺を横切る時、彼らは必ずこちらをガン見している。
「何あれ、ヤバくない?」「うわっ、不潔」「なんて下種のキワミィーなの」
生徒の声が耳に届く。すごく不愉快で恥ずかしい。青森に帰りたい……。
俺がどんなに普通を目指して努力をしようと関係ない。
コイツといる限り、生徒は二度見、いや、俺らを五度見するだろう。
気づいた人間もいるだろう。コイツとは――犬飼純名のことだ。
「
言っていることはとてもまともだ。見た目も普通の女の子だ。
綺麗な顔立ち、長い髪の毛。そして頭に生えているのは犬の耳だ。
耳が四つあることになるのだが、使い分けられているらしい。
しかし、問題は特徴的な犬耳ではない。問題は彼女の姿勢である。
彼女は犬のようにコンクリートの上で四つん這いになり、地面に頭をつけて臭いを嗅いでいた。純名の首にはリードを付けられている。紐を持っているのは俺。
まるで散歩に出かけるときの犬だ。お前は人間だろうが……。
本当は、こんな恥ずかしいことなんてしたくない。しかし、俺にはこうせざるを得ない事情があるのだ。本当のことを言ってしまうと、実は入学式はもう二週間前に終わっている。そして俺たちは昨晩、ようやく東京にたどり着いた。
つまりだ。俺らは二週間も遅刻している。それはとんでもなくヤバイこと。
なぜこんなに遅れたか?
理由は簡単だ。純名は気まぐれな犬と同じなので、少しでも目を離すと逃げてしまう。二週間前、本当は東京行きのバスに乗って計画通りここへ来るはずだった。
なのに土壇場でコイツはいなくなり、おかげで俺もコイツも大遅刻。
だからリードなのだ。彼女が逃げないように、俺は紐を強く掴んでいる。
不思議そうに見ていた生徒たちの目が次第に変わっていく。
やがてゴミ屑や汚物を見るような軽蔑な眼差しへと豹変していった。
彼らが見ているのは純名の方ではなく、間違いなく俺の方だ。
「何あれキモイ?」「白昼堂々犬プレイとかマジ引くわー」「そういうのが許されるのは田舎とサイタマだけでしょ」「うわー、女の子が可哀想」「率直に〇ね」
なんでこんな酷い事を言われなきゃいけないの? 豆腐メンタルが爆裂だよ。
悪いのは俺じゃないんだよ……。全部この犬女が悪いんだよ……。グスンッ。
しかし、東京人の発言にも一理ある。白昼堂々犬プレイはダメだよな。
ここは幼馴染として俺がどうにかしなければいけない。負けるな俺!
「なぁ、純名」
「なんだ?」
「俺らは東京へ来たんだ。そろそろ自分が人間であるという自覚を持った方がいいと思うんだが」
「何を言う? 自分は間違いなくお前と同じ人間だぞ」
「そうだけどさー」
「自分が人間以外の何かに見えるのか?」
「いや、淳奈は間違いなく人間だよ。だた、周りの東京ピープルを見てくれ。四つん這いになって、地面の臭いを嗅いでいる人間はいるか?」
「いないな。それがどうした? 人は人、自分は自分だ」
「そうだけどさー……」
彼女はあぁ言えばこう言うタイプの人間。何を言っても無駄なのだ。
純名はあの日からずっとこうだ。人間の常識が通用するような相手ではない。
あの事件を知っているからこそ、俺もあまり強くは言えないのだ。
俺の役目は彼女がしたいことをできるだけサポートすることだ。
だがしかし、ここは都会・東京だ。人は環境に適応しなければいけない。
だから俺は、彼女のためを思うからこそ心を鬼にしなければいけない。
「百歩譲って地面の臭いを嗅ぐのはいいとして、頼むから二足歩行で歩いてくれないか。外見だけでも普通であってくれ」
「んー。二足歩行か……」
「何か不満でもあるのかよ?」
「なぜ四足歩行ではダメなのだ?」
「常識的に考えて、犬みたいに四足歩行で歩く女子高生なんていないからだ」
「なるほど」
「それに、地元の皆は純名の過去を知っていたからこそ優しくしてくれていた。しかし、東京の人は誰もお前のことを知らない。四つん這いの女子高生がいたら、イジメの対象にされてしまう」
「なるほど、なるほど。和斗の言いたい事はよくわかった」
「分かってくれたか?」
「あぁ、分かった。和斗の推理がまだまだだと言う事が分かった」
「ハァ?」
彼女は正門の前のど真ん中で座り込み、堂々と腕を組んでしまった。
女の子座りではんく胡坐だ。なんで彼女の白いパンツが丸見えだ。
俺だけではなく、登校していた男子諸君にももれなくパン見えだ。
大勢の男に見られているのに、彼女は一切恥じてはいない。
純名にとってパンツ何てただの布切れ以下の存在なんだろうな……。
「和斗、どこを見ている」
「な、なんでもない」
見ている方が恥ずかしくなってくるという不思議な現象が起きている。
恥ずかしい行為も恥ずかしいと思わなければ恥ずかしくないのか。
穢れているのは俺の心だ。純真無垢な純名の下着をチラ見するなんて。
純名、お前の恥じらいなく見せているパンツを見てしまってゴメン。
「で、パンツの件はいいとして、俺の推理のどこがダメダメなんだよ?」
「君は自分に対して言ったよな。四足歩行で歩くJKなどいないと。それは本当に信用できる情報なのか? 100%断言できるのか? どうなんだ?」
野性的で鋭い眼光が俺の目をまっすぐと見ていた。この目の前で嘘は吐けない。
「100%は、まぁ、断言はできない……」
「だろ? よくも知らないくせに居ないと決めつけるのは素人のすることだ。探偵とはな、情報を蓄え、その知識を頭の中でまとめ、一つの答えへとたどり着くものだ」
幼馴染の超絶上から目線な発言にさすがの俺も少しだけカチンッと来た。
「俺を否定することは構わない。だがな名探偵さんよ、お前は四足歩行で歩く女子高生を知ってんのか?」
「もちろんだ」
「え?」
予想外の発言に面食らう。まさか、本当にいるのか? 俺の負けだ。
純名の知識が俺よりも勝っていた。マジか。さすがは名探偵だな……。
なんの根拠もなく『いない!』と断言していた自分が情けない。
「因みに四足歩行の女子高生はどこにいるんだ?」
「ここだ」
「……ハァ?」
「お前の目の前にいるではないか。犬のように歩く女子高生が」
彼女を一瞬でもすごいと思った自分がバカだった。実に茶番である。
「まさかとは思うが、自分自身ってオチじゃないだろうな」
「その通りだ。どうだ名推理だろ? お前は犬のように歩く女子高生など
「……」
呆れてモノも言えない。何処が名推理なのか疑問も思う。
「分かるぞ和斗、自分の近くにある物は意外と見落としてしまう。これを熟語で言うと灯台下暗しだな。しかし、自分からのアドバイスだ。とある問題が解決できずに困ったときは、まずは落ち着いて自分の周りを見ろ。そうすれば答えは必ず見つかる」
しかも授業的な何かまで始めやがった。灯台下暗しなんて知っている。
それより、先ほどから白いパンツが視界に入ってきて話に集中できない。
まぁ、無駄話はこれくらいにしていいか。そろそろ校長室に行かないとな。
熊谷校長に会ったら、まずは二週間も遅れたことを謝罪しよう。
一応毎朝、俺は『今日も登校できません』としっかりと連絡していた。
あと、純名の事情も伝えてあるので、彼は数少ない東京での理解者だ。
彼は優しい男。なのだが……さすがに二週間はレベルが違う。
怒ってはいないとは思うが、待ちくたびれてはいると思う。
今朝方『今日は登校できます』と伝えたのできっと待っているはずだ。
どんな顔をされるのか、考えるだけで不安だが……行くしかない。
「純名、いくぞ」
「わんっ」
青い空と明るい太陽に見守られ、純名のリードを引いて下駄箱の方へと向かった。
周りと同じように登校しているはずなのに、純名がいるせいですごく目立つ。
俺は別にSMの趣味なんてないぞ。本当だ。お願いだから信じてくれ。
心の中でそう願ったが、周りの生徒が俺に向ける視線が全てを物語っていた。
悲しいことだが、誰もが俺のことを異常性癖を持つ変態だと思っている。
はぁー。ようやく始まった東京での暮らし。なんかもう、不安しかない……。
犬系女子は名探偵?なのに俺だけ助手である。 椎鳴津雲 @Ciina
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