第45話 それでいいんじゃないか
「それにしても、鰍さんが地方ロケに行ってもうすぐ一週間ですか。頻繁に会ってたのが急に会えなくなって、結構寂しかったんじゃないですか?」
しずくちゃん関係の報告が一段落したところで、思い出したように一真さんは言った。
「まあ、寂しくないと言えば嘘になりますけど、仕事だから仕方ないですよ」
「おや、案外素直なんですね。だったら僕を呼んでくれたら良かったのに」
俺が答えれば、一真さんは意外そうな顔をする。
「なんだかんだで一真さんと戯れてる暇も無いくらいイベントが目白押しだったんですよ」
実際、優司と優奈が泊まりに来たと思ったら稲葉としずくちゃんのバレンタインに巻き込まれたりと、イベント自体は結構頻繁にあった。
「それなのに寂しかったんです?」
「忙しいのと鰍に会いたいのは別なんです」
一真さんが首を傾げながら問うので、俺は少し気恥ずかしくなって目を逸らす。
「すっかり鰍さんに夢中ですね」
「……でも、鰍はどうなんでしょう」
「何かあったんですか?」
思わずぽつりと俺が漏らせば、一真さんが尋ねてくる。
「実は最近、一緒にいる時、急にどこか寂しそうな顔をする事があって、鰍に何かしてしまったのかな……と」
「心当たりはあるんですか?」
「いいえ。本人に聞いてもすばるは何も悪くないと言われるばかりで」
一真さんの問いに俺は首を横に振る。
「なら、本当に何もしてないんじゃないですか? 鰍さんに嫌われるような事をしたのではなく、彼女がして欲しい事をしなかったから、寂しそうにしているのかもしれません」
「鰍の、して欲しい事……?」
なぜだか、やたらと冗談めかして俺にプロポーズまがいの事を言ってきた中島かすみの姿が思い浮かんだ。
中島かすみはどんな気持ちであんな事を俺に言っていたのだろう。
「相手に嫌われないよう気をつけるのはもちろんですが、相手に好かれる努力というのも大事なんじゃないでしょうか」
その言葉は、妙に俺の胸に刺さった。
「……なるほど」
「ちなみに僕もすばるさんに好かれるように努力してるんですよ? こうやって相談に乗ったり、ストーカーを撃退する手伝いをしたり」
くすくすと笑いながら一真さんが言う。
「うう……お世話になってます」
確かに一真さんにはしずくちゃんへの報告のネタになるとはいえ、色々と世話になりっぱなしだ。
「まあ、僕も見返りが欲しくてやっている事なので、そろそろまたご褒美が欲しいなあ、とは思います」
「な、何をすればいいんでしょう」
恐る恐る俺は一真さんに聞いてみる。
「そう身構えないでください。また近いうちにすばるさんと二人でデートしたいだけですよ。今回のバレンタインの一件でしずく嬢がかなり消耗してるので、売り込むには絶好の機会なんです」
清々しい笑顔で一真さんはぶっちゃける。
「なかなかにえげつないですね……」
「すばるさん程ではありませんよ。昨日はお楽しみだったようで」
直後、さらっと昨日の事を言及されて俺は言葉につまる。
恐らくしずくちゃんの証言により昨日の出来事は一真さんにも伝わっているのだろう。
「いや、アレは誤解……なん、で……す…………」
「へえ? すばるさんも稲葉さんと別れるみたいな事を言ってた割りに、結構ずるずると関係がつづいてますよね」
「うっ……」
それを言われるとつらい。
が、客観的に見てみると、確かに稲葉と別れるというような事を言いながら中島かすみと付き合いだし、一真さんに偽彼氏まで頼んでおきながら稲葉とバレンタインをよろしく過ごすとか、言い逃れのしようもないクズである。
「僕としてはその方が助かりますし、鰍さんもそれを楽しんでいるようなので、むしろもっと色々こじれてもらえれば嬉しいです。あと面白いです」
恐ろしく爽やかな笑顔で一真さんが言い放つ。
「最後余計な一言が聞こえましたけど!?」
思わず俺は声をあげる。
「そういう訳なので、今度のデートはどこに行きましょうか?」
「おまかせします……というか、一真さんも結構ノリノリですね」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
まるで悪戯が成功した子供のように一真さんが笑う。
釣られて笑いながら、俺は改めて中島かすみのある種の懐の深さを感じた。
やっぱり俺は中島かすみの事が好きだし、俺には中島かすみ以上の相手なんていない。
相手がどこまで本気で俺の事を思ってくれてるかなんてわからないけど、俺はずっと一緒にいたいと本気で思う。
それでいいんじゃないかと思った瞬間、急に全てのもやもやが晴れたような気がした。
かすみが帰ってきたら、バレンタインケーキと一緒にこの気持ちも伝えよう。
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