第9話 一回本気でシメるにゃん
「おや、髪は切ってしまったんですか」
「ええ、いい加減邪魔だったのでさっぱりしました」
中島かすみに酒の事でこってり絞られた翌日、一真さんがしずくちゃん周辺の報告にやって来た。
最近はお互い遠慮が無くなってきて、玄関のドアを開けた時の一真さんの第一声がコレである。
「てっきり伸ばしているものだとばかり思っていました」
「嫌ですよ、めんどくさい」
「そうですか、残念です」
だらだらと話しながらリビングに向かう。
「一真さんは長い方が好きなんですか?」
ふと一真さんの残念という言葉が引っかかって、お茶の用意をしながら尋ねてみる。
「好きと言ったら、伸ばしてくれるんですか?」
「いえ、切りますけど」
一真さんが俺の方をまっすぐ見ながら聞き返してきたので、俺は普通に否定した。
「好きですよ。すばるさんのそういう所」
そういう所というのは、どういう所なのか。
適当な事を言っているだけなのか、他に何か意味があるのかはわからないが、一真さんの場合、それを考え出すときりがない。
なので、お茶を出しながら俺はさっさと最近のしずくちゃん周辺の報告を一真さんに促した。
「すばるさん、そろそろデートでも行きましょうか」
「唐突ですね」
しずくちゃんサイドの近況報告も一段落着いた所で、一真さんが思い出したように言い出した。
「最近はお互いの家で毎日のように会ってる事になってますが、そろそろ報告に上げる用のイベントが欲しいところなんですよねえ」
「まあ、しずくちゃんと稲葉の方は最近忙しそうですしね……」
言いながら、先週俺が新宿御苑で修羅場になっていた時、稲葉の身に起こっていた事を思い出す。
稲葉本人からの愚痴と、今さっき一真さんから聞いた報告で、大体の事は把握している。
まさか、土曜日に一緒に出かけようと言われてしずくちゃんに呼び出された先が結婚式場で、しずくちゃんのウエディングドレスの試着や式での食事を試食させられたりするなんて思わなかっただろう。
しかもその後、身内やごく親しい人達だけを招いた二次会用のしずくちゃんとのダブルウエディングドレスを試着させられるという、おまけつきだ。
某結婚情報誌も真っ青の離れ業である。
ここまで自分の趣味を全力で受け止めてくれるなんて、少し羨ましい気もするが、それは稲葉に実際に女装趣味があった場合だけなので、現実は非情だ。
「すばるさんに貰った一ヶ月の内に全力でアピールしに行った結果なのだそうです」
「なんというか……」
重い。
なぜそうも生き急ごうとするのか。
「まあ、言いたい事はわかります」
苦笑しながら一真さんが言う。
「彼の反応も芳しくなかったようで、しずく嬢は何がダメだったのか首を傾げていました」
だろうな。
「誰か計画の段階で止めなかったんですか……」
「しずく嬢の側近には彼の事を快く思っていない人も多いですし、使用人同士の力関係もありますしね」
そういえば、前にもそんな事言ってたなと俺は思いだす。
「学校の友達とかで、相談できる子はいないんでしょうか……」
「学校での友達は多いそうですよ。ただ、しずく嬢の通っているのは幼稚園から大学まで一貫教育の名門私立女子校なもので……」
「大体わかりました」
要するに、純粋培養のお嬢様ばかりが通う学校なので、同じ学校の友人達も少し感覚が一般とズレているのかもしれない。
しずくちゃんがよく暴走しがちなのは、まともにしずくちゃんに恋愛指南できる人間が周りにいないのもあるのだろう。
……頑張れ稲葉。
俺は心の中で静かにエールを送った。
十一月に入った頃、俺はある日突然、中島かすみから最近SNSで変な男に絡まれてないかと聞かれた。
が、そんなものはブログで+プレアデス+が女だと思われ始めた辺りから日常茶飯事なので、どれの事を言っているのかわからない。
というかそもそも、俺がネット上で+プレアデス+が女だと思われていると気づいたきっかけも、やたらリアルで会おうと誘ってきたり、セクハラメールを送ってくるような奴が原因だった。
しかし、ネット上ならお互いがその気にならない限り実際に会うこともないのだし、基本無視かブロックすれば済む話だ。
だから、中島かすみの中学時代の知り合いが俺に興味を持っているらしいと聞いても、その時は大して気にしなかった。
それからしばらくして、実際にその中島かすみの知り合いに会うまでは。
奴に初めて会った時、俺と中島かすみはプレかじの撮影の帰りだった。
随分中島かすみに馴れ馴れしく話しかけてくる奴だと思ったけれど、後で聞いたら中学時代、中島かすみの親衛隊隊長だったらしい。
つまり、中島かすみは多分俺に配慮して知り合いなんて言っていたけれど、実際はそこそこ仲が良かったのだろう。
中島かすみにはその
けれど、それから何度も俺達の前に現れた西浦啓介は、なぜか俺よりも、やたらと中島かすみに話しかける。
毎回のように今度俺も交えて三人で出かけないかと言ってくるけれど、むしろ本当は中島かすみと二人で出かけたいんじゃないかと思える程だ。
しかも、日に日に出くわすペースは上がり、遂には女装して中島かすみと出歩く度に遭遇するようになった。
要するにデートの度に偶然を装って奴が現れるのだ。
毎回相手からの誘いは中島かすみの知り合いだからと角を立てない程度にやんわりと断っていたのだが、ここまで来ると、逐一行動を監視されているのではないかとも思えてくる。
そのせいで俺の女装がバレても事だが、それ以上に、中島かすみにベタベタしているのが気に食わない。
というか、あいつは本当に俺を狙っているのか?
アレか? あえて狙ってる女子と仲のいい女の子と仲良くして嫉妬心を煽るモテテクか何か?
もしそうだとすれば逆効果である。
しかし、西浦啓介の行動にうんざりしていたのは俺だけではなかったらしい。
デートと言っても、最近は仕事が終わった後に待ち合わせてどちらかの家で過ごすのだが、例によってその日も奴に家に向かう途中声をかけられたある日、すばるの家の玄関に入った途端中島かすみが地を這うような声で呟いた。
「あのストーカー、マジでいい加減にするにゃん……一回本気でシメるにゃん……」
今まで聞いた事もないような低音が聞こえて、驚いて後ろを振り向けば、いつもの鰍が笑顔で微笑んでいた。
だけど、目が笑ってなかった。
「しまったにゃん、鰍とした事がうっかり本音が漏れちゃったにゃん……それはそうと、ちょっと啓介の事で話があるにゃん」
うっかりうっかり、とキャピキャピした様子で中島かすみが取り繕うが、いい加減中島かすみもうんざりしていたのだろう。
それから俺達は一旦リビングに移動し、中島かすみの話を聞いた。
要約すると、奴をこのまま野放しにしておくと、その内悪質なストーカーになる可能性も出てくるので、俺達の保身のためにも相手がこじらせる前に撃退する必要を強く訴えるものだった。
「という訳で、今後啓介が本格的なすばるのストーカーになる前に、撃退しようと思うにゃん」
「いいんじゃないかな」
俺は二つ返事で快諾した。
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