第8話 美味しいお酒も程々に
その日は平日だったけれど、中島かすみの仕事が夕方までだったので、すばるの部屋で夕食を振舞う事になっていた。
「将晴、新しい髪型、超可愛いにゃん!」
「可愛いか……?」
やって来て早々、中島かすみが妙にこの前切った俺の髪を褒めてくるので、俺は首を傾げる。
「このすっぴんでもどんどん性別不詳になってきてる辺りが良いにゃん!」
「良い、のか?」
「鰍は良いと思うにゃん!」
俺が尋ねれば、元気良く中島かすみが答える。
「なら良かった……この前、髪切るの失敗した事気にしてる?」
「うぅ、もっと可愛くできると思ったんだにゃん……ゴメンなさいだにゃん……」
もしかして、と思って聞いてみれば、しゅんとした様子で中島かすみは謝ってくる。
「いや、別に怒ってないけど」
「そうなのかにゃ? 良かったにゃん! でも、その髪形が良いって言ったのは本当だにゃん」
「はいはい」
安堵した様子の中島かすみを可愛く思いつつ、俺は彼女を部屋に招き入れる。
今日は中島かすみが好きそうな献立を作ってみた。
季節の野菜と鶏肉のトマト煮にもやしとたまねぎとわかめの酢の物、それにご飯と味噌汁。
デザートには桃とヨーグルトのムースを用意してみた。
「美味しいにゃん……美味しい上に無駄に女子力が高いにゃん……」
なぜか美味しいと褒めてくれるものの、愕然とした様子で中島かすみが言う。
「何か嫌いな物でも入ってたか? それとも、あんまり好みの味付けじゃなかった?」
不安になって尋ねてみれば、中島かすみは静かに首を横に振った。
「思った以上に美味しくて、味を噛み締めてるにゃん……あと、このもやしの酢の物が鰍的には特にお気に入りだにゃん……」
どうやら随分と感動してくれたようである。
酢の物は前に中島かすみがすっぱい物が好きだと言っていたので添えたものだ。
アレコレと考えて準備した甲斐があったようでなんだか嬉しい。
そして、こんなにも喜んでもらえると、もっと相手を喜ばせたいと思ってしまうもので、それから俺はついつい中島かすみの世話を焼くようになった。
最近生活が不規則なせいか肌荒れが酷いと言うので、おすすめのパックを紹介したり、風呂上りには髪を乾かしたり、夜中々眠くならないというのでホットミルクを入れたりした。
あんまりやりすぎるとウザがられるんじゃないかとも思うが、中島かすみは毎回喜んでくれるのでついついアレコレやってしまう。
そうしていると、なんだか自分が必要とされている感じがして嬉しいのだ。
何より、こうしていると、優司や優奈の事について、解決策が見つからずただ頭を抱えるような状況から現実逃避ができるのも大きかった。
そんな日々が続いて十月ももうすぐ終わる頃、俺は二十歳の誕生日を迎え、中島かすみが彼女の部屋で祝ってくれる事になった。
中島かすみの手作りのケーキや料理が並び、誕生日祝いにと用意してくれた酒で乾杯する。
世話を焼くというのもいいけれど、こうやってもてなされるというのも、嬉しい。
ケーキや料理は美味しかったけれど、中島かすみが俺のためにそれらを準備してくれたのだという事の方が嬉しかった。
相手のために何かしたり、逆に相手が自分のために何かをしてくれたり、そういうやり取りがどうしようもなく温かくて嬉しかった。
だからなのか、俺はその日、少しハメを外し過ぎてしまったらしい。
楽しく食事して、酒を飲んでいたはずだったのに、気が付けば途中から記憶が無く、目が覚めたらリビングにあるソファーベッドで中島かすみに抱きついたまま寝ていた。
「ようやく目が覚めたかにゃん……」
ふと顔を上げれば、既に目が覚めていたらしい中島かすみがドスの効いた声で俺に言う。
どうやら昨日、俺は酔った勢いで随分と中島かすみに甘えて困らせてしまったらしい。
その後、俺はしばらく中島かすみからお説教をくらい、反省する事になった。
ただ、中島かすみの叱り方が、
「……将晴、男は狼なんだから気をつけないといけないにゃん」
とか、
「将晴の理想の女の子であるすばるは、そんな簡単に誰にでもお持ち帰りされちゃうような女の子なのかにゃ?」
とか、なぜか年頃の娘を叱る親のようだったのが解せない。
「だから、お酒は鰍と二人きりの時しか飲んじゃダメにゃん!」
お説教の後、中島かすみは締めくくるように言った。
さっきから何度もそれは言われている気はするけれど、今中島かすみが怒っているのは昨日俺が酔っ払って迷惑をかけたからなのに、それはいいのだろうか?
「なあ、なんで鰍と二人きりの時はいいんだ?」
「そんなの、鰍が楽しいからにゃん!」
何気なく尋ねてみれば、力強く中島かすみが答える。
中島かすみが楽しいと思う事……そうして俺は、先週の新宿御苑での出来事や、過去の中島かすみの活躍の数々を思い出す。
……うん、やっぱり酒は控えよう。
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