第2話 可愛いさ>変装
今度お互いの服を見立てて出かけようと約束したその日、明日は休みで予定も無いからと中島かすみはすばるの家に泊まっていく事になった。
「もし将晴も明日予定ないなら、せっかくだし早速明日出かけるにゃん」
明日はよく晴れて過ごしやすい天気らしいと中島かすみはベッドに転がりながらスマホをいじって天気予報の画面を見せてくる。
翌日が土曜日で何も予定が無かったこともあり、俺は二つ返事でその提案に賛同した。
「そうと決まれば、まずはそのバサバサの髪を切り整えるにゃん」
中島かすみはそう言って身体を起こすと、ニヤリと笑う。
「えっ……」
「大丈夫にゃん。ちゃんと可愛くカットするにゃん」
固まる俺に手をわさわさと動かしながら中島かすみがにじり寄ってくる。
「それは、色々と大丈夫なのか……?」
「鰍はよく自分で前髪を切ってるから要領はわかってるにゃん」
妙に楽しそうな様子の中島かすみに不安を覚えつつ尋ねれば、あんまり安心できない答えが返ってきた。
前髪だけを切るのと、全体を切るのでは難易度が結構違う気がする。
「いや、でもこの家そんな髪を切る用の道具なんて……」
「鰍は知ってるにゃん。将晴がウィッグのカスタマイズのためにヘアカット用はさみ一式を取り揃えている事を」
道具が無いからと諦めさせようとすれば、実際にはそれらの道具を持っている事とその用途まで言い当てられてしまった。
俺が驚けば、中島かすみはなんでもないように答えた。
「さっきウォークインクローゼットに入った時にヘアアイロンとかと一緒にカゴに入ってたのを見つけたにゃん」
「あー……」
そういえば、ウィッグのカスタマイズや手入れ用品は少し大きめのカゴに入れてウォークインクローゼットのウィッグをしまっている棚の下に置いていた。
「将晴は、そんなに鰍が信用ならないのかにゃ……?」
気が付くと中島かすみが俺のすぐ目の前までやってきていて、悲しそうに上目遣いで俺を見上げてきた。
可愛い。
「わかったよ……」
どうせ失敗しても、最悪明後日にでもまた髪を切りに行ってしまえばいいだけだ。
俺が髪をのばしているのもただ単に髪を切っている間、理容師の人と何を話したら良いのかわからないから億劫というだけで、特に思い入れがある訳でもないのでちょうど良い機会かもしれない。
俺が頷けば、中島かすみははしゃぎながら俺の髪を切る準備を始めた。
それから約一時間後、俺の髪は日本人形のようなおかっぱ頭になっていた。
ボブヘアーではなく、おかっぱという時点でその出来は察して欲しい。
「だ、大丈夫だにゃん! ヘアアイロンとかでしっかりセットしてばっちりメイクすればモード系美少女だにゃん!」
中島かすみが少し焦りながらフォローしてくる。
……まあ、どうせ明後日には切りに行くしな。
翌朝、俺達は前日に決めた服に着替えた後、お互いのヘアメイクをする事にした。
季節的にバラも見ごろなので、新宿御苑でピクニックをすることとなり、それなりに動きやすい服を選ぼうということになった。
中島かすみにはすばるが普段着ているようなフリルとリボンをあしらった可愛らしいブラウスに紺色のカーディガンとふわっとしたシルエットのロングスカートに、昨日履いて来たウェッジソールのブーツを合わせてもらった。
服は貸せるけど、靴はそうもいかないのでしかたない。
髪は中島かすみからウィッグが思ったより付け心地が悪かったので短い間ならともかく一日中つけるのは嫌だとクレームが入ったので、ミディアムロングの髪を右側に流して一本の三つ編みにしてみた。
リボンの付いた髪留めで留めて、伊達眼鏡をかけさせるとタレ眼風のナチュラルメイクも相まって、髪は地毛なのに見た目だけならまずテレビに出ている鰆崎鰍とは結びつかないだろう。
「にゃにゃにゃ!? すごいにゃん! 鰍じゃないみたいだにゃん!」
まあ、しゃべらなければだが……。
「鰍……一応今回変装して出かける意味わかってるよな……?」
「もちろんだにゃん。最近は鰍とすばるの知名度が上がっているからうっかり正体がバレようものなら大変だにゃん」
ちょっと不安になって尋ねてみれば、中島かすみは胸を張って答える。
……まあ、わかっているなら大丈夫だろうか。
大丈夫、だと思いたい。
「じゃあ、今度は鰍が将晴を可愛くしてあげるにゃん」
ニッコリと中島かすみが笑う。
俺が着せられたのは、ピッタリと身体の線が出るニットにミニキュロットスカート、オーバーサイズ気味のダボッとしたパーカーだった。
もちろんしらたきは忘れない。
それに黒のストッキングとスニーカーを合わせる。
ちなみに、キュロットスカートとパーカーは中島かすみが昨日着ていた私物だ。
元の状態ではかなりもっさりしていたおかっぱも、スタイリング剤をつけてコテで巻くだけで随分とおしゃれな感じになった。
普段俺は自分の髪はいじらないし、コスプレも髪の長いキャラが多いので少し新鮮だった。
肌もハイライトやシェーダーを入れて、ハーフっぽい感じに仕上げていく。
中島かすみが当初言っていたメイクと少し違うのは、髪が中島かすみのイメージとは少し違ってしまった事もあるのだろう。
「それにしても、将晴ってこんなに元のまつげばさばさしてたかにゃ?」
俺のまつげをビューラーで上げてマスカラを丁寧に塗りながら中島かすみが尋ねてくる。
「あー……まつげ美容液を少し前から使ってるからだな」
「どこのだにゃん? 量も長さも明らかに前と違うにゃん」
「海外のやつを通販で買ってて……名前はなんだったかな」
俺は鏡台の引き出しから現在使っている睫毛美容液を取り出して中島かすみに見せる。
ネットの評判で特に効果の高そうだったのがコレだ。
一万円程で安いとはいえないけれど、ネットのレビューなどを見ると、毎日使って半年以上持つようなので、費用対効果を考えた場合、睫毛エクステよりは経済的だろう。
最近しずくちゃんからまた泊りに来るようしょっちゅう誘われている俺は、その誘いを断り続けてはいるものの、もしもの時のために、すっぴんの状態でもそこそこ見られる見た目になろうと試行錯誤している。
まつげ美容液もその一環だ。
「なんだかすっぴんの状態でも目力が増したような気がするにゃん」
「たぶんそれ、素の状態のまぶたの幅が前よりも広くなってるのもあると思う。しょっちゅうすばるのメイクで幅の広い二重にしたり、まぶたの脂肪を落とすマッサージとかしてたからな」
「……相変わらず将晴の女子力はおかしいにゃん」
呆れたように中島かすみは言ったが、すぐに俺のメイクを再開した。
「にゃにゃ……」
付けまつげを付けて元のまつげと一緒に指で挟み込んで馴染ませながら中島かすみは何か考えているようだったが、俺は中島かすみと向かい合う形になっているので自分の顔がどうなっているのかわからない。
しばらくして中島かすみから終ったと声をかけられて鏡を見れば、そこには確かに俺ともすばるとも違う女の子が映っていたが、何かおしいというか、物足りない感じがする。
アイメイクがしっかりしてる分、黒目が小さいのが気になるというか、カラコンを入れたら、もうちょっと可愛らしくなるような気がする。
確か、コスプレ用の使い捨てのカラコンがまだ余っていたような……。
俺は鏡台の引き出しをまたがさごそとあさり、明るい茶色のカラコンを見つけた。
手を洗ってからカラコンを付けてみると思ったとおり、こっちの方が垢抜けた感じがしてずっと可愛い。
どうだこっちの方が可愛いだろうと中島かすみの方を見れば、中島かすみはなんとも微妙な顔をしていた。
「確かに可愛いけど……それだとイメチェンしたすばるだにゃん。というか、コスプレしてる時の+プレアデス+だにゃん」
どうやら話を聞いてみると、中島かすみもメイクしてる途中で俺と同じような事を考えたそうだが、すぐにそれだと+プレアデス+と被ってしまうと思い黙っていたらしい。
言われてみれば、確かにすばるというか、+プレアデス+っぽくはあるが……。
そう思いながらも俺はまじまじと鏡を見る。
でも、こんな手間のかかる髪型は多分もうコスプレ以外ではやらないだろうし、せっかくだからできる限り可愛い格好で出かけたい。
それに、普段すばるの格好で出かけたって誰にも気づかれない事は結構ある。
「まあ、将晴がそれがいいって言うなら、鰍はそれでも良いと思うにゃん」
中島かすみに苦笑しながらそう言われ、結局俺は+プレアデス+を知っている人間が見れば本人だと分かる程度の変装で出かける事になったのだ。
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