サンタクロースは眠らない

 どうして俺はこんなことしているんだろう──と、嘆きたくなるイブの深夜。サンタのコスプレで友人宅前の玄関で立ち尽くす俺。ポケットには、そいつが用意した細長いプレゼントの箱。中身はネックレスか何かだろうな、と無粋なことを考えて気を紛らわす。さすがにこの格好は寒い。いろんな意味で寒い。俺は自分で自分を抱きしめるようにして縮こまった。

 遡ること1週間前。俺はこのコスプレとプレゼントを友人──雄也に託されたのである。


 * * *


「なにこれ」

「サンタ服とプレゼント」

「いや、見りゃわかる。なんなのこれ」


 尋ねると、しばらく真顔でいた雄也は我慢ができなかったようで、フニャリと顔の筋肉を緩めた。この顔には覚えがある。来る、惚気が。


「いやさぁ。明里あかりと付き合ってから初めてのクリスマスじゃん? だから、なんかサプライズしてあげたくてさ。で、そのためにずーっと、明里には“金欠で今年はプレゼント用意できない”って言ってあったわけ」

「はぁ」

「で、明里はプレゼントないって思っているわけ。そこに、深夜にサンタ服のお前がプレゼントを届けに来てくれる。プレゼント用意してくれてたんだ、しかもこんな演出付きで、と明里は驚く! 喜ぶ! どう?」

「俺はお前のこのずさんな計画に驚いてるけど。嫌だよそんなのバカじゃねーの」

「えぇ!?」


 えぇ、じゃねぇよ。


「そんな演出しなくても当日いきなり渡したら喜ぶだろ」

「思い出に残したいじゃん?」

「そんなの自分ちに向けて日付指定して宅配しとけよ」

「深夜にサンタ服でってお願いしたら丁重に断られた」

「頼んだのかよ……」


 呆れ顔で呟くと、雄也はパン! と両手を合わせて頭を下げた。その勢いに思わず体を引く。


「頼むよ、こんなこと頼めるのお前しかいないんだよ! だってお前、俺らのキューピッドじゃんか!」


 その言葉を聞くと、ピクリと頬の筋肉が引きつった。……あぁ、もう。


「……キューピッドだとかいうふざけた単語を今後一切使わないなら、今回だけ手伝ってやる」

「やったー! 信じてたよ、サンキュー!」


 がっしりと両手を掴まれて感謝されると、俺は何も言えずにため息をついたのだった。


 * * *


 あいつは事あるごとに俺をキューピッドだなんて言うが、そんな大それたことはしていない。あいつの彼女──明里と俺はもともとサークルが一緒で、よく構内で話をしていた。それをたまたま見かけた雄也が明里に一目惚れをして、しつこく紹介してくれとせがまれたから紹介しただけのことだ。あとのことは知らない。いつのまにかあいつらは付き合い始めていた。多分、あいつの猛アタックが功を成したのだろう。だから俺はキューピッドでもなんでもないのだ。キューピッドだなんて言って持ち上げて、こういうイベントごとでいいように使いたいだけだろ……。どーせイブに予定もない独り身だしな! 

……そんな風に苛立っても仕方がないけど。断れなかった俺も俺だし。


 そんなとき、ポケットの中のスマホが震えた。突入の合図だ。突入といっても、ドアぶち破ったりするわけじゃない。俺は普通にチャイムを鳴らして待つだけだ。あいつの言うことには、明里が玄関に来るように誘導してくれるみたいだし。

 突入の前に、帽子を深くかぶり直して、外していた付けひげをつける。大げさな付けひげは顔を覆い尽くしてしまうほどで、傍目から見ても俺の顔はほとんど見えないはずだ。


──よし。


 意を決してピンポンを押す。ややあって、ドタバタと足音が響き、恐る恐ると言った様子でドアが開いた。チェーンはかけたままのようで、細いドアの隙間から明里が顔をのぞかせた。


「え……」


 目を白黒させて俺を見る。そりゃ驚くし引くよな。こんな格好をした男がいきなり彼氏んちにやって来りゃあな。

 早く去りたい一心で、ドアの隙間からプレゼントを明里に差し出した。


「え? なに、これ。私に? ですか?」


 そうだよだから早く受け取ってくれ。と言うわけにもいかず、コクリと頷いて見せる。箱の外側にはメッセージカードが添えてある。雄也からのプレゼントだということは、それで気づくはずだ。


「……あ」


 ようやく気づいた明里が、おずおずとそれを受け取った。


「……へへ。あ、あの、ありがとうございます」


 幸せそうにはにかんだのが、ドアの隙間からでもわかった。あーあもう見せつけてんじゃねーよ、と一気にやるせなくなる。ともあれ役目は終えたのだから、長居する必要もない。俺はくるりと明里に背を向けて、立ち去ろうとする。その瞬間、一度閉じた扉からチェーンの外れた音がして、思わず振り返った。玄関先まで出てきていた明里が、小さな声で言う。


「──もしかして、さんちゃん?」


 悪いことをしているわけじゃないのに、ぎくりとした。喉が急速に乾くのを感じながら、返事もしないまま俺は逃げるようにその場を去ったのだった。


 * * *


 家が近いからと油断していた。夜の街は凍えるほど寒い。中に着込んでいるとはいえ、サンタのコスプレだけじゃやはり寒い。この目立つ赤を隠すためにも、アウターをなにかもって来るべきだった。後悔先に立たずとはこのことだ。

 道中コンビニを見つけて、缶コーヒーでも買うかと思い立つ。この冷えを温める気休めにはなるかもしれない。深夜のコンビニだし人もそんなにいないだろうし。暖房の効いた店内に一歩入ると、やる気のなさそうな店員と目があった。多分店の人に被らされているのだろうサンタ帽を被った店員は、俺から目をそらしつつ「……っしゃーせー」と呟いた。

 缶コーヒーを手に取った。指先の冷えがじんわりと缶コーヒーに吸収されていくようだ。そのままコーヒーを片手に店内を物色する。雑誌のコーナーで立ち読みするサラリーマンの足元にはなにやらでかい箱が置いてあって、子供達へのプレゼントかな、なんて思った。

 長居すると帰るのが億劫になるから、さっさと買って飲んで帰ろう。結局缶コーヒーだけを持ってレジに向かう。例の店員は俺の姿をジロジロと眺めたけど、そのうち興味なさそうに目をそらして会計を終わらせた。

 店員にテキトーにテープだけ貼られた缶コーヒーを、店の前で開けて一気に飲み干す。一瞬で空になった缶を店のゴミ箱に捨てた。やっぱ気休めだった。寒い。吐く息は真っ白だ。

 歩き出す前にちらりと店を覗く。あのサラリーマンは動き出す気配はない。何やってんだろ、早く帰ってやりゃいいのに。まぁ、俺には関係ないけどさ。


“──もしかして、さんちゃん?”


 明里の声が頭をよぎる。なんで気づくかなぁ。やめてくれよほんと、空気読めよ。気づかれたくなかった。気づいて欲しくなかった。

 だって、惨めだ。あいつらカップルは今頃、俺が届けたプレゼントを2人で開けて、2人で仲良くやってるというのに、俺はこうして1人缶コーヒーを飲んで。考えれば考えるほど、虚しくて、苦しくて、嫌になる。

 後悔先に立たずとはこのことだ。あの時紹介なんてしていなければ。俺がもっと早く行動していれば。もしかしたらあそこにいたのは俺だったかもしれないなんて、今更なことを考える。こんなこと断ればよかったのに、あいつが喜ぶ顔を見れるならそれでいいと、あの時一瞬でも思ってしまった。本当にバカだと、自分でも思う。

 家に帰ったら、酒でも開けよう。シラフだときっと、いろんなことを考えてしまうから。


 イブの夜。友人のキューピッドをさせられている惨めな俺サンタクロースも、深夜のコンビニのやる気なさげな店員サンタクロースも、子供のおもちゃを持ったサラリーマンサンタクロースも、もしかしたら実在して、今まさに世界中を飛び回っているかもしれない赤い服のおじいさんサンタクロースも。

 この夜だけはきっと、サンタクロースは眠らない。

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サンタクロースは眠らない 天乃 彗 @sui_so_saku

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