聖なる夜のドジサンタ

 12月23日の夜、両親から早く寝ろと急かされて僕はしぶしぶベッドに潜った。

 “早く寝ないとサンタさんが来てくれないよ”──お母さんはそう言って笑ったけど、あいにく僕はもうサンタなんて信じていない。僕だってもう小4だし。クラスの奴らだって誰一人信じていない。サンタの正体はお父さんかお母さんなんだって。

 でも、あえてそれに気づいていないフリをしている。僕には来年小学校に上がる妹がいるから、信じているフリくらいはしておかないと妹もかわいそうだし、便乗してプレゼントもらえなくなっちゃうしね。一ヶ月くらい前から、さりげなく欲しいものは主張しておいた。準備はバッチリだ。

 プレゼントは明日の楽しみにしておいて寝よう。僕はゆっくり目を閉じた。


 * * *


「……きゃっ!」


 ドスン。

 何かが落ちるような音と、女の人の高い悲鳴。尋常じゃないその様子に、僕は目を覚ましてしまった。


──何……!? 


 薄暗くて時計はよく見えないけれど、多分深夜だ。出来るならお母さんの声だと思いたいけれど、今のは絶対そうじゃない。さっきのは、もっと若い感じの声だった。

 じゃあ、そこにいるのは、誰? ばくばくと心臓が鳴る。ばれないように、自然に見えるように、僕は声が聞こえた窓の方にゆっくり寝返りを打った。薄目を開けて恐る恐る確認したその瞬間、僕は頭が真っ白になる。


──サンタ……? 


 そこにいたのは、サンタクロースらしき姿の人だったのだ。

 僕の記憶が正しければ。サンタは真っ白な髭をこしらえた、おじいさん。だけどそこにいる人は服装こそはサンタだけれど、間違いなく女の人だ。

 暗やみに目が慣れてきて、女の人の姿がはっきりしてくる。よく街のケーキの売り子さんが着てるような、すごく短いスカートのサンタ服。細くて長い足がすごく寒そうだ。女の人に白い髭なんかなく──肩くらいの長さの黒髪に、大きな丸眼鏡をしている。

 さっきから痛そうにおしりをさすっている。よく見ると、窓が開いている。多分さっきの悲鳴は、窓から入ってきたときに落ちたからだろうな……。そもそも、落ちるほどの高さでもないと思うんだけど、うちの窓。大丈夫かな、この人。

 こういうとき、僕はどうしたらいいんだろう。えーと、窓から入ってきたし、こういうのなんて言うんだっけ。ええと、そうだ、“ふほーしんにゅー”。ケーサツに電話しなきゃかな? あの大きな袋……もしかしたらサンタのコスプレした泥棒かもしれないし……。とりあえず、お母さんとお父さんに伝えにいこう。

 僕が上半身を起こすと、その女の人と目が合ってしまった。


「──あっ……」


 しまった、と小さく呟いたのが聞こえた。見られちゃまずいってことはやっぱり泥棒……? 


「あっ……! えっと、私、怪しいものじゃ……! 見られちゃまず……えとえと、はわわ、どうしようっ……きゃっ!」


 そのサンタ服の人は、わたわたとした挙げ句、膝立ちのまま後ずさりして、窓際の壁に思い切りぶつかった。この人、本当に大丈夫かな。ますます僕は心配になる。


「えっと……もう見られてしまったし、しょうがないですよね……。私、サンタクロースの紗雪と申します」


 その人──紗雪さんは、両手をそろえてぺこりとお辞儀をした。堂々とサンタクロースを名乗られて僕は面食らう。まさかとは思うけど、この人が本当にサンタ? 


「あっ……何ですかその目! 信じてないんですね? 確かに私は他のサンタと比べて未熟ですけど……!」


 紗雪さんはぷっくりと頬を膨らませた。天然でそういう仕草をしているんだろうか。


「……だって、女の人だし、黒髪だし」

「男の人しかサンタになれないって思ってたんですかー? 心外です! 今や4割のサンタが女の子なんですよ?」


 紗雪さんは、スカートを見せびらかすようにくるりと回った。サンタって何人もいるの? 次々に明かされる真実に僕は呆気にとられた。


「そして……私、ここの支部担当なので、あなたにプレゼントを持ってきたんですよ。ちょっと待ってくださいね、今出します」


 そう言うと紗雪さんは、大きな袋の口を開けて、ガサゴソと中身をあさり始めた。その袋の中をこっそり見ると、確かに色とりどりの包装紙が見えた。プレゼントはまだまだたくさんある。


「……あれぇ……おかしいですね、入れたはずなのに……」


 袋を探りながら、紗雪さんが呟いた。……もしかして。


「僕のプレゼント……見つからないの?」


 ビクリ、と肩を震わせた。どうやら図星らしい。紗雪さんはさっきよりペースをあげて袋を探る。

 侵入に失敗したり、僕に見られちゃったり、挙げ句プレゼントが見つからなかったり。さっき、自分のことを未熟だと言っていたけど、さすがにここまでとなると……。


「……サンタ、向いてないんじゃないの?」


 思ったままのことを口に出してしまって、慌てて口をつぐんだ。紗雪さんの動きが止まる。

 しまった、傷つけたかな。僕は恐る恐る紗雪さんの反応を待った。


「自分でもね、思うんです。向いてないなって」


 紗雪さんは、プレゼントを探す手を動かしながら、小さく笑った。自嘲ぎみに笑う声を聞いて、僕は何も言えなかった。


「でもね、どんなに向いてなくても、やっぱりこのお仕事大好きなんです。わくわくしながら眠る子供たちの姿とか、プレゼントを開けたときの無邪気な笑顔とか、大好きなんです」


 その声は、本当に楽しそうだった。今、紗雪さんはどんな顔をしているんだろう。


「私、サンタの仕事に誇りを持ってます。子供に夢と希望を届ける、最高のお仕事ですから」


 あんなに転んだり、失敗したりしてるのに。この人は、サンタの仕事にこんなにも一生懸命なんだ。

 “サンタなんかいない”──そう信じてたことが何だか恥ずかしくて、申し訳なくて、僕はぎゅっと拳を握り締めた。一緒に握りしめた毛布がじんわりと熱をもつ。

 すると紗雪さんは腕を止める。袋の中から一つの箱を取り出して、僕にそっと差し出した。


「メリークリスマス」


 そう言って微笑む紗雪さんは、すこし恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしていた。その笑顔はきっと、紗雪さんが大好きな子供たちの笑顔と同じくらい素敵で。


「……ありがとう!」


 その紗雪さんの顔を見ていたら、いつのまにか僕もつられて笑っていた。最初は紗雪さんのことをあんなに怪しんでいたのに、サンタなんかいないと思っていたのに、そんなことすっかり忘れてしまった。


「じゃ、プレゼントも無事渡せたことですし、私はそろそろ行きますね。あ、私を見ちゃったことは内緒でお願いします……」

「わかった、言わないよ」


 僕は苦笑いしながら言った。言ってもきっと誰も信じないよ。変なサンタが来た、なんてね。

 紗雪さんはよいしょ、と袋を背負った。真っ白なその袋を肩から背負うその姿は、ようやくサンタに見えないこともない。


「じゃあ、さようなら」

「うん。残りの分も、頑張ってね」

「ははは、ありがとうございま──きゃあっ!」


 紗雪さんは、笑いながら窓枠に足をかけて、ずるりと滑り落ちた。あーあ……やると思った。


「……気を付けてよね」


 僕がそう言うと、おそらく尻餅をついたまま手だけ伸ばした紗雪さんのVサインが、窓の外でゆらゆらと揺れたのだった。


 * * *


 鳥のさえずりが聞こえる。目を開けると朝の日差しが飛び込んできて、もう朝なのだと気付いた。いつの間にか寝てしまったみたいだ。


──夢……? 


 昨日の夜のことは鮮明に覚えているけれど、あんな変な出来事そうそうないはずだ。ゴシゴシと眠たい目をこすって枕元を見ると、紗雪さんから渡されたプレゼントが確かに置いてあった。

 夢じゃなかったのだ。昨日僕の元には確かに、サンタクロースがやって来た。

 プレゼントをまじまじと見る。ピンクのかわいらしい包装紙。……中身は何だろう。ちゃんとお父さんとお母さんに前からねだっていたものを用意してくれただろうか。

 はやる気持ちを抑えて、僕は丁寧にリボンを解いてテープを外した。中から出てきたのは──かわいらしい、着せ替え人形? 


「え……」


 もしかして。そう思った瞬間に、下の階から泣き声のような、怒ったような声がした。あれは、下でお母さんと一緒に寝ていた妹の声だ。


「リサちゃん人形じゃないぃー! やだぁー!」


 僕はもう一度プレゼントを見る。箱の中からリサちゃん人形が僕にニッコリと笑いかけているように見えた。……紗雪さん、間違えたな? 

 僕は思わず吹き出した。どこまでドジをすれば気が済むんだろう。また来年もここの支部の担当が紗雪さんなら、文句をつけてやろう。それまでに立派なサンタになってればいいけど。

 僕は何となく、空を見上げた。紗雪さん、ちゃんと一晩で配り終わったのかな。きっと今頃は大好きな子供たちの笑顔を、どこかから見ているのだろう。



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