サンタクロースは眠らない
天乃 彗
サンタクロースの憂鬱
天の神には雪を降らせてもらったし、一年ぶりのソリもピカピカに磨いた。トナカイ達の調子もバッチリだし、子供たちへのプレゼントも用意した。着古した赤い服に袖を通し、もう準備は完璧だ。後は、夜が来るのを待つだけだ。
私は自慢の白い髭をさすると、淹れたばかりの温かいコーヒーを口に含んだ。苦みのあるこのコーヒーは、これから会いに行く子供たちにとってはきついものなのだろうか。そんなことを考えると、自然に口元がゆるんだ。
私の仕事は、クリスマスに子供達に夢と希望をプレゼントをすることだ。私はこの仕事にとても誇りを持っている。子供たちが私に願い、それを叶えてあげるのはとても幸せなことであると思う。私は子供が、子供の笑顔が大好きだ。子供たちの嬉しそうな顔と「ありがとう」の一言で十分、そう思っていた。
しかし最近、ほんの少しだけ、こう思ってしまうのだ。
──私も、誰かにプレゼントを貰う喜びを味わいたい、と。
もちろん、子供たちを愛する気持ちに比べたら象と蟻ほどの差はある。それに、ありがとうの言葉や、子供たちの笑顔は最高の宝物だと思う。私も彼らの笑顔に何度も癒され、救われた。それは理解している。
私が思うのは、そう。プレゼントを開ける瞬間に子供たちが見せる、「何が入っているんだろう」という期待と楽しみ。この仕事をする上で感じることのないその気持ちを、この身で感じてみたいのだ。
それを、一番の相棒──トナカイのルドルフに言ってみた。ルドルフはしばらくポカンと口を開けた後、小さく笑った。
「何を言ってるんですか。あなたは最高最大のギフター、サンタクロースですよ。クリスマスも近いんですし、気を引き締めないと!」
まったくその通りだ。返す言葉もない。
私は冗談だよ、と笑うと、ばれないように小さくため息を吐いた。窓を見やると辺りはすでに暗く、雪に覆われた世界は少し寂しげだ。
──もうすぐ夜が来る。
* * *
「さぁ行こう! 子供たちに夢と希望のギフトを!」
トナカイ達が一斉に走りだす。ゆっくりと進みだしたソリは、キラキラと光を放ちながら宙に浮き始めた。そのまま天高くまで上っていくと、軽快に夜の街を駆け抜けた。
煙突を下りるのもお手の物だ。子供たちの元へと難なくたどり着くと、すやすやと眠る子供たちの靴下の中にプレゼントを置いていく。
「……メリークリスマス」
起こさないように呟いた。これは私の主義であって、サンタとしてのプライドでもある。どうか、いい夢を。そんな気持ちを込めて囁くのだ。無邪気な寝顔だ。一体今頃どんな夢を見ているのだろうか。
「ご主人様、次の地域で最後です!」
「ありがとうルドルフ。やれやれ、肩がこった。私も歳かねぇ」
その場を和ませるため、軽いジョークを言ってみる。トナカイ達は控えめに微笑んだだけだった。つまらなかったか、と少し反省した。
私はソリに乗り込み、トナカイ達はそれを見計らって走りだした。明日の朝、夢から覚めた子供達は何を感じるのだろう。私からの贈り物──喜んでくれればそれでいい。
……それでいいのだ。
長い様で短い夜が終わる。終わってしまう──
私はどこかやるせない心を誤魔化すために、小さくため息を吐いた。
* * *
一仕事終え家に帰った私は、思っていたより疲れがたまっていたのか、すぐに眠りについた。
その夜、久しぶりに夢を見た。誰かに笑顔をもらう夢。誰かは私で──私は私だった。
* * *
雪が太陽光を反射して、より己を白く輝かせていた。それを見て、もう朝か、と思う。いかんいかん、寝すぎてしまったようだ。
それぞれの場所で時差はあるが、子供達はプレゼントを開けて喜んでいる頃だろう。楽しみと期待で輝いた瞳で。
「──……」
ゆっくり体を起こす。私の今年の仕事はもう終わってしまったのか。毎年思わずにはいられないが、時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうものだな。
感傷に浸っている場合ではないな。眼鏡をかけて起き出さないと、トナカイたちに怒られてしまう。えぇと、眼鏡、眼鏡は、どこに置いたかな。ベッドサイドの棚を手で探ると、眼鏡の感触があった。それをかけてから、もう一度棚を見る。
──……?
なにやら身に覚えのない紙が置いてある。よく見るとそれは、子供たちへ渡すプレゼントを包んだ紙の余りだった。
はて、こんなところに置いたかな。不思議に思いながら、それを手に取ってゴミ箱に捨てようとしたが、私は腕をぴたりと止めた。
それはただの切れ端ではなかった。赤いリボンが巻かれ、不恰好なリボンの花が咲いている。この包み紙は、へたくそな包装が施されているのだ。
「………!?」
私は急いで包装を取る。
一体誰がこんなことを? 一体何が入っているんだ?
無意識のうちに、私の瞳は輝いていただろう。こんなに心躍る感覚は久々だったからだ。
「あ………!」
中身は、クリップで止められた紙の束。紙は全部で9枚ある。その紙には、でかでかとへたくそな文字が書いてあった。
“かたたたきけん”
思い当たる節があった。だからこそ、胸の内側からじんわりと温かいものが込み上げてくる。──私の万年筆、勝手に使ったな。私は思わず笑みをこぼした。
私はサンタクロース。
私は、笑顔を作っていく。私は、笑顔にさせられていく。
誰もが笑顔になるイブの魔法。すべてはこの手に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます