約束の日 1
キラキラとしているのに、尖った眩しさはない。寧ろ柔らかな光はどこか懐かしくて温かい。
ああ、このイルミネーションは、似ているのかもしれない。
クシャリと笑う、包み込むような彼の笑顔に。
※・※・※
こんなところにカフェなど、いつできたのだろう。
明るい木材を基調にした外観には、柔らかなイルミネーションの光とリースが飾られていた。明かりの灯る出窓には、リネンのカーテンがかけられている。
少し首を伸ばして中を窺ってみたけれど、よく見えない。
この時季でどこのお店も混んでいる。
きっとここも……。
それでも木枠のドアにあるノブを握ったのは、この寒さに体が凍えそうになっているからだけじゃない。きっと心の中にある寒さを、この柔らかなイルミネーションの光が癒してくれるような気がしたからだろう。
「おや、いらっしゃい」
ドアを開けると、とてもフランクな挨拶が聞こえてきた。声の方へ視線を向けると、女性がカウンターの中からにこやかな笑みを向けていた。
店主だろうか。他に店員も見当たらないから多分そうなのだろう。ついでに言えば、他にお客もいなかった。人気のないお店なのだろうか。とてもまずいコーヒーが出てきたりするのだろうか。
瞬時にたくさんの不安が頭をよぎったけれど、女性がどうぞとカウンターへ導くような仕草をしたのを見てしまっては回れ右もできない。
「こんな日に、ここへたどり着くなんてねぇ」
たどり着く?
なんとなく含みを持ったような言い方が気にはなったけれど、深く考える余裕など今の私にはなかった。
だって私は不安に勝てず、あの場所から逃げ出してきたのだから。
ストンとカウンターの椅子に座れば、空気でも抜けたみたいに背が丸まっていく。 彼のことを考え、今のこの状況を思えばため息しか出ない。
自信なんて少しもなかった。あの時した約束だって、彼にしてみたら軽い気持ちだっただろう。
あれから五年だ。
私との些細な約束を彼が覚えているかもしれないなどと、どうして思ってしまったのだろう。馬鹿だよ。
いい気になってヒールや服を新調して、鏡の前で頬を染めていた数時間前の自分が惨めだった。
今まで爪を飾るなんて興味も持たなかったけれど、今日は特別だからと初めてネイルもしてもらった。
自分の手じゃないみたいにキラキラとした綺麗な指先はとても明るい色合いで、人差し指の先で陽気なサンタが踊っていた。粉雪降る景色もとても綺麗に仕上げてもらったというのに、今は滑稽でしかない。
カウンター席で背を丸めうつむいていると、店主の女性が話しかけてきた。
「何がいい?」
訊かれて、ここがカフェだということを思い出した。外の寒さと心の不安から椅子に座った途端に気が抜けて、ここがどこなのかを忘れていた。
誰もいない静かな空間と、柔らかな室内の明かりは、まるで自宅でくつろいでいるときのようで心が油断していたようだ。
「コーヒーかい? うちはコーヒーもだけど、カップにもこだわりがあるんだ。なんならケーキもあるよ。今日はティラミスだよ」
言われてどきりとした。
ティラミス……。
心の中で呟き、丸まっていた背中を少しだけまっすぐにして顔を上げた。
彼女の立つ背後の棚を見ると、たくさんの素敵なコーヒカップが飾られているのが目に付いた。
「どれでも好きなものに入れてあげるよ」
その言葉がまるで興味のあるおもちゃでも差し出されたみたいで、不思議とさっきまで後悔に後ろを向いていた暗い気持ちがかき消されていき、子供みたいに飾られているカップをワクワクと眺めた。
ゆっくりと順繰りにカップを吟味して、一つに目を止める。
「あっ、あのっ。金色と深いピンク色の装飾のでお願いできますか?」
慌てる必要などないのに、言葉が先走るように口からついて出る。まるで、誰かにそのカップを取られてしまう前にと、それこそ子供みたいな自分がいた。
選んだカップはとても華奢でいて、柔らかな線が描かれていた。深いピンク色のラインは金色のラインと折り重なるようにカップの側面を流れていて、絡み合い方がとても素敵に見えた。
「りょうーかい。あ、それから。あたしの事は、
店主の女性は満面の笑顔を私に向けた後、ご機嫌な様相でコーヒーの準備を始めた。
時子……さん。
なんだか、不思議な人。
ドリップが始まるととても芳ばしくていい香りが鼻孔をくすぐり、さっき選んだカップで早く飲みたいと気持ちが前のめりになっていく。
そうやってコーヒーの香りに目を瞑ると、五年前のことが甦ってきた。
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