第一話:黄泉返る死者たち
都市伝説でこういう話が一時期流行った事がある。
曰く、十二月の半ばにマッドサイエンティストに殺された女子高生がクリスマスイブだったかその辺りにゾンビとして復活し、復讐したのちに聖樹だか何かの加護を受けて生者に戻ったという、一種のおとぎ話のようなものだ。
まるでB級ゾンビ映画みたいな筋書きで今となっては誰もマジになって受け取る事もないだろうけど、お嬢様が通う女子高を中心にまことしやかに囁かれていたのだ。
一度死んだ人が息を吹き返すなんてありえない。たまに蘇る人も居るけどそういう人たちは呼吸が止まって心臓が停止してまだ数秒~数分という程度で、蘇生措置を施したおかげで何とか生き返ったというだけで、完全に死んでしまった人が蘇るのは僕が聞く限りでは全くあり得ない。
あり得ない筈なのだ。
なのに、目の前に居るあの姿は。
僕の脳裏から焼き付いて離れない、あの太陽のように素敵な笑顔は。
ちょっとはにかんで、彼女は言う。
「来ちゃった」
紛れも無い、皆上遥その人の姿だ。
僕は散歩がてら、気まぐれに自宅近くにある公園に足を向けた。徒歩五分もあればついてしまう、同じ町内会の子供が集って遊ぶようなこじんまりとした公園。遊具もブランコが二つ、ジャングルジムと滑り台が一つ設置されていたくらいで、それも今は撤去されてしまっている。何でも遊具で子供が怪我したら危ないとの事らしい。撤去された遊具の代わりなのか、公園の中央にプラスチックのベンチが一つ置かれている。今は公園とは名ばかりのただの広場だ。
遥らしきその人は、そのベンチに座っていた。
コートを着込んでいる。その下の服装はどうやら学校の制服を着ているようだ。なんで制服? という疑問は置いておくとして、僕は彼女に問いかける。
「……本当に、本当に君は遥なのか?」
「長年一緒に過ごしてきた幼馴染の事を疑うの?」
わずかに頬を膨らませる彼女。かわいい。
「僕の名前とか、言ってみてよ」
そう僕が言うと、彼女は得意げな様子ですぐに答えた。
「……
「そこまで言えとは言ってないだろ!」
僕が赤面しながら叫ぶと彼女は声をあげて笑った。
その笑顔は過去幾度となく見たもので、間違いなく遥である事を僕に確信させた。
つられて僕も笑ってしまった。
「本当に遥なんだな」
「そうよ。なんでか知らないけど目を覚ましちゃった」
僕はベンチに向かって歩を進め、彼女の隣に座った。
彼女の顔色は死んだ時よりはまだ色づいていたけど、まるでプールに浸かり過ぎて冷えてしまった人のように青白い顔色をしている。唇も紫色で、なんだか体温を失っているんじゃないかと思えた。死んで生き返ったばかりだからまだ体温も上がりきっていないんだろう、多分。
その時、木枯らしが吹いた。冷たい風が吹きすさんで枯れ葉を巻き起こしてはどこかへと飛ばしていく。
遥はコートの襟を立てて、風から寒さから少しでも身を守ろうと縮こまる。
「寒い……」
つぶやくように遥は言った。
確かに風は強いけど、今日はそこまで気温が低いわけじゃない。今はまだ昼を過ぎたくらいだから太陽も南から少し傾いた方角に昇っており、陽光が心地よい暖かさをもたらしている。
「そんなに寒い? 今日はまだ暖かいと思うけど」
「わかんないけど、寒いの。目が覚めてからずっと」
僕はポケットからちょうど持っていたカイロを取り出し、遥の手に渡した。
「これで少しはあったかくなるでしょ」
「……うん。あったかい」
遥はカイロを何か宝物のように両手で拝むように持って擦る。
カイロから発される熱を手から味わっている、そんな風に僕からは見える。
「本当にあったかい」
しみじみと言う遥。
それにしても、そこまで寒さに弱い彼女だっただろうか。僕の記憶ではむしろ冬でも薄いジャージ一枚で走り回るような活発な少女だったはずだ。
まあまだ復活? したばかりだし色々と機能が落ちているんだろうと曖昧に僕は結論付け、当然の疑問を彼女に投げかける。
「どうしてここに来たの、遥」
僕の問いかけに遥は言いよどむ。
「なんでかな。よくわかんないや」
曖昧に笑顔を作る彼女。その態度には煮え切らなさや歯切れの悪さがある。
僕は続けて質問を投げる。
「病院には行かないの?」
遥の笑顔が失せ、明らかに不機嫌な色に変わる。
口をとがらせ、わがままを言う子どもみたいに。
「……行かない。行きたくない」
「でも、ちゃんと体を調べないとだめだよ。折角帰ってきたのに、またすぐに何かの拍子で死ぬなんて嫌だよ」
僕がたしなめると、遥はじっと僕の瞳を見据えた。
まるで何かを訴えたいかのように、口を開きかけて、でもやっぱり遥は口を堅く結んで閉ざす。岩の様に。
そしていきなり僕の手を取り、自分の首筋に当てさせた。
「つめたっ……! ……え、なんだ、これ」
脈が無い。いや、極めてゆっくりだけどある。二分に一回脈拍があるかどうか、というくらいの拍動でしかないけど。
冬眠している動物がこれくらい脈が遅いというのは何処かで聞いたことがあるけど、こうやって活動している人間の脈が遅いというのは全く聞いたことが無い。
あと、体が酷く冷たい。外の気温とほぼ同じなんじゃないかと思うくらい。
「私の体、おかしくなっちゃったみたい」
あはは、と力なく笑う遥。
「なら尚更病院に行って検査しなきゃダメじゃないか」
「でもそうしたら多分、ケイにはもう二度と会えない気がするの」
「生きてればそのうち会う機会はいくらでもあるでしょ」
僕の言葉に、遥は大声を上げて否定する。
「ないよ! 私が死んだのだって突然の事じゃない。人間なんて何時死ぬかわからないんだから、会える機会があるならそうすべきなのよ。絶対にそうよ」
「……ってことは、遥は僕に会いに来た、って事なの?」
「うん、多分私はケイに会いに来た。さっきまでは胸のあたりがもやもやしてよくわかんなかったけど、きっとそうなの」
遥はまるで自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「会えて良かった」
ほう、とため息を吐いてにっこりと笑う遥。
「思ったんだけど、確実に会いたいって思ったんなら携帯で連絡とればよかったんじゃない?」
「あ、それもそうだね。まだ死んで間もないから携帯の解約もされてない筈だし。なんで思いつかなかったんだろう?」
二人でまた声を上げて笑う。そう、僕らはいつもこんな感じにお互いに話をしていたっけ。なんだか遠い昔の事の様に思えてならない。
その時、僕の持っている携帯に着信が入った。電話着信やメールではなく、SNSのメッセージ着信だ。
「誰からだろう?」
確認すると、僕の友人からのメッセージだった。
メッセージには動画サイトのURLが添付されている。
この動画すげえぞ、という短いメッセージ。僕は勧められるがままにURLを開く。果たしてその動画には一体何が映っているのだろうか。
動画の始まりは、とあるビルの屋上に立っている人が映されている所からだ。建っている建造物を見る限り日本ではない。
スマートフォンか何かで映されているので画質はそれほど良くなく、また遠い所からの撮影だから辛うじて女性らしき姿である事が伺える程度である。
彼女の周囲には人だかりができている。警官や彼女の同僚らしき人々、やじ馬。そして彼女はビル屋上の柵を超えてビルの淵に立っており、なにやら人々に対して喚き叫んでいる。あらかた叫び終えて気が済んだのか、彼女は柵から手を放して体を空中へと投げた。
落下し、数秒後にはあっけなく彼女は地面に叩きつけられる。
「うわっ」
「ひどい……」
その瞬間を僕と遥はまともに見る事は出来なかった。というか見たくなかった。
地面に広がる血だまり。普通ではありえない方向に曲がった手足。
どう見ても生きてはいないだろう。
「ただの自殺動画じゃないか。何のつもりであいつは送ってきたんだ」
憤りを隠せず、僕は動画を閉じようと前に戻るボタンと押そうと親指を動かそうとした次の瞬間。
「……ねえ、動いてない?」
「え?」
落下死した女の人の手が、かすかに動いているように見える。
「気のせいでしょ。画質粗いし画像が乱れただけ……!?」
だって、と続けて言おうとした時、明らかに右手が動いた。地面に手を付けて立ち上がろうとしている。
その後、彼女は折れた両足で立ち上がり、自分の酷い様子を見て暫く茫然としていた。やがて現状を把握したのか、それとも死ねない事に諦めがついたのかはわからなかったが、周囲をぐるりと見回した後、どこかへと足を引きずりながら立ち去っていくところで動画は終わっている。
「なんだこれ」
飛び降りた死体が動き出した。何かの映画のPVという訳でもなさそうだ。
捏造? 今の時代、画像や動画の捏造なんていくらでもできるが撮影者のうめき声や信じられなさそうな声を聞く限りはどうもそのようには思えない。
「な、中々手が込んでいる動画だったね」
僕は冷静さを取り繕ろった。
「やっぱり、私だけじゃなかったんだ」
遥が確信めいた言葉でつぶやく。
「……どういうことだよ」
「こっちに戻ってくる前の記憶があるの。私は死んだあと、肉体と魂のつながりが切り離されてあの世へ行った。と言っても真っ暗で周囲はほとんど見えなかったけど、暗い中に遠くの方で何かの灯が輝いていたのは覚えてる。目の前には私以外の死んだ人たちがずらっと並んでいて、私の背後にも死者の長い列があった」
「……」
「何処に向かっているのかはわからなかった。ただ途中に受付みたいなものがあったから、私はこれから閻魔大王に会って生前の行いの裁きでも受けるのかなと思ってたんだけど、その時に私の体から光の柱みたいなものがいきなり立って、私の体が青白く発光したかと思ったらいきなりどこかへ飛ばされたのまでは覚えてるの。私以外にも同じ現象が起きた死者たちが複数居たのをこの目で見たわ」
今更遥が言う事に疑問を挟む余地はない。何せ彼女はこの世に帰ってきたのだから。それを考えても、まるでおとぎ話だと思わずにはいられなかった。
「ってことは、何? 今この世界には蘇った死者が何人も居るって事?」
「多分ね……」
「一体何でこうなったんだろう」
「さあ……私にもわかんないわ」
生き返った当事者でも理由がわからないなら、普通の人間である僕にもわかるはずがない。これは明らかに超常現象の一種だ。オカルトだ。誰に話を持ち込めばいいのか。お坊さんか? それとも牧師か? いやそもそも、こんな話をした所で誰が信じるというのだろう。
いつの間にか僕たちの間に言葉は無くなっていた。
陽が傾き始めている。時間を確かめるとまだ午後三時前くらいだと言うのに。冬の夕暮れの訪れは本当に早い。陽が落ちるとともに、徐々に気温が下がって寒さが足元から這い上がってくる。ポケットに入れているカイロも熱を持たなくなり、ただのゴミと化していた。
「寒くなってきたな……。どっか喫茶店か、ハンバーガー屋にでも行く?」
「いい。食欲ないし」
「そっか」
帰ろう。その一言が何だか言い出せない。
「ん?」
その時、また僕の携帯に着信が入った。今度は母親からだ。
まだウチの母親は働いてる真っ最中の筈なんだけども何があったんだ? 学校には誤魔化しておいたけどもしかしたらズル休みがバレて連絡いったのか?
おそるおそる電話着信を取る。
「もしもし?」
「あ、敬! 今どこに居るの?」
「どこって……今近所の小さい公園だけど」
「あんたテレビ見てないの? 今大変なことになってるから家から出るなって言うニュース流れてるのよ」
母親の声色は何だか焦っているのか、それとも怖がっているのか、その両方が混じっているようにも思えた。
「とにかく、今すぐ家に帰りなさい。私も父さんも今日はもう帰るからね」
「あ、ああ、わかったよ」
それで電話は切れた。
「お母さん、なんて言ってたの?」
「なんか大変な事になってるからすぐ家に帰れってさ。全く何が何だかわかりゃしない」
「……そうね、とりあえず今日は帰りましょう」
遥と僕は立ち上がり、別れの言葉もほどほどにお互いの家へと帰る事になった。
またこの公園で会う事を約束して。
帰る道すがら、やたらとパトカーが巡回していることに気づく。それも一台や二台ではなく、何台ものパトカーが警戒している。僕みたいな無害な小市民に対しても視線を向けてきたり。って僕が今の時間堂々と大通りをうろちょろしていたらまずいな。まだ学生は学校で勉強中だ。警官だけじゃなくそこらをうろついてる暇な大人に見咎められるのも良くない。
僕は人目を避ける為に路地裏に入った。どうせこの公園から僕の家までは歩いて五分とかからない。大変な事が起きてると言ったって大したことじゃないさ。
そう思って僕は公園から家まで多少遠回りになるけど人目が付かない道を帰る事にした。なるべく誰にも見つからないように速足で歩く。
路地を通る。建物の裏手とか、太陽の光が遮られるような道だから昼間なのに妙に薄暗い。街灯もほとんどないから夜ここを歩くなという指導がよくされる。たまに変質者が居るとかいう情報もあったりするらしいけども見た事はないし大丈夫でしょ。
ひゅう、といきなり背後から凍てつく風が吹いた。
同時に霧が立ち込めてきたような気がする。おかしい。太陽の光はまだ出ているというのに、雲なんてほとんどないと言うのに。背中に悪寒が走る
それに路地に入ってから、なんだか視線を感じる。背後から。
強烈に僕の直感が告げている。決して振り返ってはならないと。
急いでここを抜けなければ!
僕は自然と速足から走るほどに歩を速めていた。
「ぬくもりを……火をくれ……」
眼前に、いきなりそれは現れた。
地面から生えたようにも見えた。どうやらそれは物理的な干渉を受けないらしい。するっとアスファルトの地面を抜けてきたのだ。
「うわぁっ!」
青白く半透明になった人。それは俗にいう幽霊という奴じゃあないか。じっと見る気も起きないけどこの幽霊はどうやら中年の男性だ。この世に未練ありありという感じの。俗説に反して幽霊には二本の足がついているけどそれで歩くことはない。今見た限りでは浮遊して移動している。
それよりもぬくもりをくれってなんだ。嫌な予感しかしないが無視して通り過ぎたい。でも前はこいつが塞いでいるし。
僕は反転して道を逆戻りしようとしたが、路地の出口にはいつの間にか妙な白い霧が塞いでいていくら出ようとしても跳ね返されて出れない。
「な、なんだよこれ! なんなんだよ!」
「暖かい……生命の灯り……あああああ」
背後には迫ってくる幽霊。
冗談じゃない、なんでこんな目に遭わなければいけないんだ畜生!
「くそっ、来るな!」
冷気と霧と共に迫りくる幽霊。
冷や汗がとめどなく溢れ、足ががたがたと震えて止まらない。
幽霊は僕の肩に手をかける。
手から伝わる冷気はドライアイスをうっかり触ってしまった時よりも冷たく、長時間触れていたら凍傷が間違いなくできるだろう。
その冷たさよりも幽霊は僕の体温を奪おうとしているのが何より問題で、すり抜けるその手で僕の心臓を鷲掴みにしようとしている!
血液が凍ったら一体僕はどうなるんだ? 逃れようにも金縛りにあったように僕の体は動かない。寒さなのか恐怖でなのかはもうわからない!
「ああああああああああああああああああ!」
「いい加減になさいよ、この馬鹿幽霊」
しゃりんと、金属同士が擦れる音が辺りに響き渡る。
同時に、幽霊はその半透明の体を真っ二つに裂かれて狼狽える。
それでも動けるのか、二つに分かれた体を使って幽霊はその音の方向へと向かっていった。熱をくれ、といううわごとと共に。
「私に熱なんてないわよ。そこまで正気を失ったらもう仕方ないわね」
灰色のコートに身を包んだ彼女は、身の丈ほどの長さのある大きな鎌を軽々と振り回し、二度、三度と幽霊を切り裂いた。
幽霊はうめき声をあげて光の柱に包まれて空に浮かび上がり、北東の方角へとまるで吸い込まれるかのように消えてしまった。
「……一体、何なんだ。何が起きたんだ?」
幽霊を祓った、大鎌を持った子はこちらにつかつかと近づいてくる。
「全く、人目の付かない場所をうろつくんじゃないわよ。肉体を失った奴らはこういう所に居座りたがるんだから」
彼女はそう言って僕の冷え切った体に手を当てると、僕の体の芯から暖かな、焚き火に当たった時のような穏やかな熱が湧き起こる。先ほどまでの冬のシベリアの如き寒さがまるで嘘のように消え去った。
僕が目を白黒させていると、彼女はため息を一つ吐いた。
「はぁ、本当にツイてないわ。これで年末年始の休暇がパア。四六時中現世を駆け巡らなきゃならないなんて」
「あ、あの……一体君は何者なんだ?」
恐る恐る僕が尋ねると、彼女は事もなげにこう言った。
「私? 私は死神よ。下らないミスのせいで尻拭いをさせられる哀れな死神の一人」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます