師走に死者は黄泉返る

綿貫むじな

プロローグ:幼馴染は死んだ

 つい先日、幼馴染の皆上遥みなかみはるかが死んだ。

 中学に上がってからは遥の家族が隣の市に引っ越し、異なる学校に通うようになったから、自然と会う頻度が減ってしまった。それでも僕たちは時々休日の度に会いに行ったり、長い休みの時にはお互いの家に泊まったりしていた。

 夏休みに会った時は凄く元気で、陸上部の練習がキツイなんて愚痴りながらも夏の日差しに照らされながらひた走る姿が眩しかった事を覚えている。だから突然の訃報を耳にしたとき、僕は茫然と立ち尽くしてしまった。言葉は耳に届いていても、脳がその理解を拒んだ。信じたくない。信じられない。その時の事はよく覚えていない。

 ぼんやりとしたまま通夜の日を迎え、僕は遥の家に行って棺桶の中の遥を見た。

 死装束に包まれた遥は、見た目には全く怪我や病気のあとも無く、それは生きている時の様に綺麗だった。ただ一つだけ違うのは、顔や肌から鮮やかな色を失い、土気色になっていた事。

 紛れも無く彼女は死んだ。僕の頭にそれは強い衝撃として響く。

 涙が頬を伝い、目の前の横たわっている遥の姿が歪む。

 まだ何も言うべき事を言っていないのに、どうして死んでしまったんだ。

 

 遥の両親から聞いたが、あっという間の出来事だったと言う。

 何かの拍子で足を滑らせて階段から転げ落ちた。

 たったそれだけのことで、打ち所が悪かっただけで遥はあっけなく死んでしまった。落下の衝撃で脳を損傷してしまったのだ。治療の甲斐も無く、当日に死亡が確認された。運が悪かった、の一言で片づけるのは遥の両親が可哀想すぎる。

 何故死ななければならないのか。どうして娘が選ばれたのか。運命の残酷さを呪わずには居られないだろう。実際、父親の顔色は焦燥仕切っていた。母親は遥が眠っている棺桶にすがりつきながら涙を流して呻いている。二人に話しかける事すらはばかられる重い雰囲気が家の中に立ち込めていた。

 通夜で焼香をあげ、遥の親御さんに挨拶をして僕は家を後にする。 


 何となく家族と一緒に帰る気にはなれず、僕は最寄り駅から降りて夜道を歩いていた。路地裏を歩いている途中に、今着ている制服に線香の匂いが染みついてしまったことに気づいた。

 僕は線香の匂いがあまり好きではない。葬式に使われる事もあって死を連想するし、そもそもこの匂いがどうも鼻につく。

 だから帰ったら風呂に入って体の匂いを落として、服の匂いも消えるまで消臭剤を吹きかけなくちゃいけない。

 路地裏の合間合間に立っている古い街灯は、切れかけたものが明滅している。人通りの少ない道なのもあって、妙に不気味な雰囲気を感じさせた。何かが背後から忍び寄ってくるような……。

 いや、実際に後ろから何かが近づいてくる。何か不吉な気配を振りまきながら。

 心が落ち着かない。

 こういう時はこちらも速足で歩いてさっさと撒けば良いんだけど、何を思ったか僕はその時半身を翻して背後を見てしまった。まともに相対してもし相手が何か良からぬ事を企んでいたらどうするつもりだったんだろう。その時の僕は何を思っていたのか今の僕にはわからない。

 その子はだぼだぼした灰色のフード付きコートに身を包み、音もなく走っていた。フードを目深に被っていたから顔はよく見えなかったけど、フードから見える髪の毛は黒く艶やかに輝いていた。

 僕の横を忙し気な様子で通り過ぎ、僕の顔を一瞥だけして気にも留めずにそのまま前を向いて勢いよく遠ざかっていく。

 横を通り抜けていった時、その風圧と一緒に得体の知れない怖気を僕は感じた。

 なんと例えればいいのか、胃からせりあがってくる恐怖とでもいうべきなのか、それとも背筋を強張らせる寒気とも言うか。少なくともまともな人ではないと感じた。見た目は少女そのものだと言うのに。

 何より異質だと思ったのは、彼女の右手には身の丈ほどの長さの大鎌が握られていた。青白い刀身は半透明で、この世の物と思えないほど綺麗でその美しさに僕は目を奪われた。

 完全に彼女が視界から消えるまで、僕は惚けて彼女の背中を見続けていた。


 それから翌日。遥の告別式が行われる日。

 幼馴染とはいえ通夜にも出たし、告別式に出るかどうか迷った挙句僕は結局行かなかった。ただ学校に行く気にもなれず、仮病を使って休んでしまった。いつもの僕ならそんな事はしなかったのに。

 時間を持て余してしまい、外をぶらぶら散歩でもしようかと思って外に出ると、すぐ近所で葬式が執り行われている事に気が付いた。

 家の中から漏れ出てくる匂い。線香のあの匂いだ。思わず僕は顔をしかめる。

 死の匂いが鼻について不快だった。通りがかるだけでも服に死の匂いがまとわりついて染みつく気がしてならない。足早にそこを通り過ぎる。

 通り過ぎた後、その家の中から大きなどよめきが起きた。しかし何が起こったのかその時の僕には全く知る由が無かったのである。



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