第1章1話 第一地区と五人のギルティ
シトリとアメティスタがレイデンの後を追って駐車場まで来ると、しっかりとシートベルトをしめて車の助手席に座るルヴィとエンジンの確認をするカライスがいた。
ルヴィは何かに怯えているようで、ガタガタと震えている。
「レイデン、準備万端よぉ。いつでも出れるわ」
「第一地区まで車で向かうんですか? 一時間くらいかかりそうですね」
エンジンの確認を終えたカライスがレイデンの姿を見つけると大きく手を振って声を張り上げる。シトリは東部の周辺地図で第一地区の位置を確かめると、おおよその時間を割り出した。
「いや、カライスならその半分で到着する」
「……は?」
信じられないと言った表情のシトリを他所に、レイデンは短いため息を漏らす。何処と無く気が乗らないと言った様子で、レイデンは車に乗るカライスから視線を反らした。
「レイデン、早く行こうってばぁ?」
「……アメティスタは後部座席の右端、シトリは左端に座って。僕は真ん中に座るから」
楽しげなカライスを横目に見たレイデンが頭を抱えると二人に指示を出す。
「レーイーデーンー」
「シトリ、アメティスタ。急ごう」
駄々をこねるように頬を膨らませるカライスにレイデンは何かを悟ったのか無表情のまま車へと向かって歩き出す。
「シト兄、行こー」
「……え? ええ、そうですね」
レイデンの反応に違和感を覚えたシトリは無言で立ち尽くしていたがアメティスタに促され、レイデンに指示された通りに車に乗り込んだ。
「ルヴィ、どうしたの? 寒いの?」
「んなわけあるか……いいか、動き出したら喋るなよ」
「それってどういう意味ですか?」
ガタガタと震え続けるルヴィを見たアメティスタが首を傾げて問うと、ルヴィは恐ろしい形相で振り返る。
はっきりと言い切ったルヴィの言葉にシトリが疑問を抱いた瞬間、カライスがエンジンを掛けた。
「……今に分かる」
エンジン音を聞いて竦み上がったルヴィに変わり、レイデンがため息混じりにシトリの疑問に答える。
「皆、シートベルトしたよね? それじゃあ、出発進行!」
カライスは満面の笑みでハンドルを握ると、巧みにギアを入れ替える。そして迷うことなくアクセルを踏み抜いた。
「カライスさん、ちょっ……?!」
「待ってください」と続けようとしたシトリだったが、車が急発進そして右折したことで身体が遠心力で引っ張られドアに叩きつけられた。
シトリはどうにか前の座席にしがみついて体勢を立て直す。嬉々として荒い運転を続けるカライスの髪先が僅かに赤みを帯びていることに気付いたシトリだったが、言葉を発する状況ではなく衝撃に堪えるので精一杯だった。
「あはは、楽しいー!」
ぶんぶん腕を振り回し、アメティスタは笑い声を上げて楽しんでいる。
「……カライスの運転は相変わらず荒すぎる」
大きな溜め息と共にレイデンは小さく呟く。衝撃に耐えているシトリやルヴィはもちろんのこと、カライスの運転を楽しんでいるアメティスタでさえ車の振動に振り回されているが、レイデンだけはシートベルトさえしていないと言うのに微動だにしない。
「レイデンも相変わらずシートベルトしないのねぇ~」
「カライス、前見ろ!前~!」
ルヴィが後ろを振り返るカライスに半べそ状態で訴える。しかし時すでに遅し。車体は明らかに通り抜け出来そうにない雑木林に突っ込んだ。
「ほれ見たことか……!」
「大丈ー夫、道はそれてないから」
軽やかに言い切るとカライスは更にアクセルを踏み込む。
木々の合間をかき分けながら、五人を乗せた車は走り抜ける。小枝や葦がフロントガラスやサイドミラーに凄い勢いで当たるが、カライスは全く気にしていないのか速度を下げず寧ろ嬉々として上げていた。
「はーい、もうすぐ着くよぉ~」
カライスの言葉を聞いたシトリとルヴィは安堵のため息を漏らす。その瞬間、カライスは迷うことなくハンドルを切った。急ブレーキによりドリフト状態で車が止まると、シトリとルヴィは衝撃によりぐったり項垂れる。
「カライス、スゴーイ! 楽しかった」
「喜んでくれて良かったわ。んー、今回新記録ね!」
笑顔で喜ぶアメティスタに、信じられないといった表情でルヴィはため息を漏らした。
「そういえば……」
カライスが運転している最中、カライスの髪が僅かに赤みを帯びていたのを思い出したシトリがカライスを見る。しかし、カライスの髪は緑のままであり見間違いだったかと口をつぐんだ。
「シトリ、どうかしたか?」
「いえ何でもないです。さぁ、とりあえず話を聞きにいきましょう」
シトリの様子を気にかけたレイデンが声をかけるが、シトリは笑顔で誤魔化す。
***
五人が車から降りると白い建物が立ちはだかる。豪勢な装飾にどこまでも手の行き届いた庭を見たルヴィが鼻で笑った。
「……これだから金持ちは」
「ルヴィ、本音が漏れてるわ。中に入ったら黙っててね」
「わかってるよ」
カライスに言われ、不満を表すとルヴィはため息を漏らす。
「アメティスタもお利口さんにしていてね」
「うん!」
ルヴィの様子に呆れに満ちた表情で視線を反らすカライス。アメティスタの頭を撫でると、笑顔を浮かべた。
「……気が乗らないな」
小さく呟くレイデンを先頭に、一行は建物の中に入る。すると受付に立つ女性がレイデン達の黒い制服と紅い腕章を見て、軽蔑と恐怖に満ちた目を向けた。
「ギルティ……!」
「区長から我々にベスティエ討伐依頼がありました。状況を伺いたいのですが?」
女性はレイデンの問いに答えることなく受話器を取る。その左手首にはうっすらと輝く薄衣が結ばれていた。
魂の輝きと同じ白銀の光を放つそれは、その者の“死”を指し示している。
それこそが“
彼ら――イノセンスは言う、「この“
アニムス=タエニアを持たぬギルティは、前世でベスティエを殺した罪により“定まらぬ死の恐怖”で罪を償う。
街を、人を襲うベスティエに手を焼いたイノセンスは「罪人には罪を」という政策を取り、ギルティに再びベスティエを殺させていた。
「区長は執務室におられます。どうぞお進みください」
電話口で数回の言葉のやり取りを終え、女性はぶっきらぼうに答える。
「……わかりました」
誰もがそういった対応をされると分かっていたのだろう。何も言わないものの、五人全員が不満を露にする。
執務室につく間にも数人のイノセンスとすれ違うが、レイデン達を見た全員が明らかな嫌悪を向けていた。必然的に五人は無言になり、足取りも重い。
「失礼します」
執務室のドアを叩くが、返答はない。レイデンが小さく舌打ちをし、そのままドアを開いた。
部屋の中には白髪の老爺がふてぶてしく、高価そうな椅子に座っていた。
「ベスティエ討伐依頼を頂き、参りました。隊長のレイデンです」
「話は聞いている。疑う訳ではないが、本当に上位の班なのか?」
深々と頭を下げるレイデン。レイデンにつられてアメティスタも同じ動作で頭を下げる。シトリとカライスは気が乗らないまでも軽く会釈をするが、ルヴィはそっぽを向いていた。それに気付いたカライスが背伸びをしてルヴィに無理やり頭を下げさせる。
「……我々の中には中央から配属された者もいます。最上位の班とまでは言いませんが、決して下位の班ではありません」
「だといいがな……」
レイデンの言葉に不信を露にする老爺。ルヴィがあからさまに嫌悪を向けて睨み付ける。
「僕らはすぐにでもベスティエを捜索しますが、もし目撃者などがいらっしゃれば話を聞きたいのですが」
「……我々にそこまでする義務はない。ベスティエはお前らの領分だ。被害が出る前に早急に倒せ」
老爺はレイデン達に背を向けると葉巻に火をつけて煙を吹かし始めた。ルヴィが文句を言おうと口を開いた瞬間、カライスはルヴィの口を塞ぐ。
「仕方ないわ、レイデン。ここにいて油を売っていても時間の無駄だし、ベスティエを探しにいきましょう」
「……あぁ、そうだな。今回は五人いるし、いつもよりは見つけやすいだろ」
どうにか声を出そうともがくルヴィの口を塞いだまま、カライスは笑顔で提案した。レイデンはカライスからの提案に同意して、大きくため息を漏らすと執務室を後にする。
***
「まぁ、区長の対応は案の定だけれどぉ……これから、どうしようね?」
外に出てすぐにルヴィから手を離したカライスは、困ったように眉を下げつつも笑顔を崩さない。やっと解放されたものの、ルヴィは出しどころを失った不満をぶつける場所がなく不機嫌そうにカライスを睨んだ。
ルヴィの視線に気付いたカライスが無言で拳骨を食らわせる。
「被害が出る前に倒せってことは多分、まだ被害が出てないんだろう」
「……ということはまだ初期段階ってことですね。初期段階のベスティエは一ヶ所に留まらないので厄介ですね」
声にならない声を上げて痛みに耐えるルヴィを尻目に、レイデンとシトリは話を進めるが芳しくない状況に頭を抱えた。
ベスティエとは街中に出現する獣ないしは蟲の形をした怪物のことである。
初期段階のベスティエは実体のある浮遊霊と同じようであり、実害は無いが街中を漂うため探すのは容易にはいかない。
「……シトリなら探せるんじゃねーの? なんだっけ? 共鳴?」
「共鳴じゃなくて反響ですね。あれは人を襲い始める第二段階くらいのベスティエなら確実に見つけられますが、初期段階を探すとなると著しく精度が落ちるんですよ。 探せないことはないですが、確実ではありません」
ルヴィの提案にシトリは首を振って否定する。
「確実ではないだけで探査は出来るのか?」
「えぇ、まぁ……割合的には三割くらいですかね。正確に測ったことはありませんが」
「シトリはここで探査して、僕とカライス、ルヴィとアメティスタでシトリからの情報と目で歩き回りながら探査でどうだ?」
シトリの話を聞き、少しばかり考え込むとレイデンはそう提案する。
「なんでその組み合わせなんだよ!」
「アメティスタはルヴィになついてるみたいだから……かな?」
レイデンの提案する組み合わせに不満を漏らすルヴィ。大した理由もない返答にルヴィは呆れを露にした。
「班は五人で行動ってクォーツ教官が言ってましたが、いいんですか?」
「最終段階のベスティエならともかく、初期段階のうちなら大丈夫だろ。けど、念のためベスティエを見つけたら深追いせずに全員で立ち向かう。カライス、無線機あるよな?」
レイデンにそう言われ、カライスは暫く笑顔のまま固まる。
「カライス?」
「忘れてきちゃった」
語尾にハートがついていそうな口調でおどけて見せるカライス。レイデンは無表情のまま、視線を反らした。
「……うーわ、サイテー。けいべつするー」
「なぁに? ルヴィ……よく聞こえなかったわぁ」
レイデンの背後に隠れ、声音を変えてカライスを茶化すルヴィ。カライスは笑顔のまま、ルヴィの耳たぶをつねりあげる。
「仕方ない、とりあえずは……」
「大丈夫ですよ、レイデン。ルヴィとボクに任せてください。ルヴィ、音叉を作ってくれますか?」
頭を掻きながら打開策を考えるレイデンの肩を叩き、シトリが微笑む。音叉とは音響測定や楽器の調律などに用いる道具で、均質な細長い鋼の棒をU字形に曲げて中央に柄をつけたものである。先端をたたくと一定の振動数をもつ音を発することができる。
「音叉? 出来るけど……」
「なら三つお願いします。ボクが探査してベスティエを見つけたら、音叉を使って知らせます。もし皆さんが見つけたら音叉を鳴らしていただければボクがそれを探知して知らせることも出来ます」
涙目になりながらもカライスから逃れて軽く答えるルヴィの言葉に満足したように頷くと、シトリはそういって提案した。
「それでいこう。それなら連絡もしやすいだろうし」
「まぁ、無線機の方が言葉を届けられる分便利ですけどね」
シトリの悪気ない一言にカライスは胸がいたむのか、ばつが悪そうに眉を下げる。
「音叉を三つだな」
ルヴィは鞄の中から手のひら大の鉄球を取り出した。 鉄球を上に投げ、それを掴むとルヴィはジッと鉄球を見つめて意識を集中させる。
「音叉ってこれですからね、ルヴィ」
シトリが自分の首にかけている音叉を取り出すと心配そうに訴えた。
「……わかってるよ」
集中を乱され、ルヴィはシトリを睨み付ける。
「ルヴィ、頑張れ~」
再び集中しようとした瞬間にアメティスタが笑い声を上げて、両腕を振り回した。明らかな妨害行為にルヴィはアメティスタの額をデコピンすると、深呼吸を繰り返す。
そうしている間に鉄球がグニュグニュと蠢いた。
「いつ見てもすごいな」
「堅い鉄が粘土みたいだものねぇ」
レイデンとカライスがそう言うのとほぼ同時に、ルヴィが握っていた鉄球は三本の音叉と形を変える。
「ふぅ、シトリ。これでいいか?」
出来上がった音叉をシトリに渡すと、疲れたのかルヴィはその場に座り込んだ。ぐったりと項垂れるルヴィを掴み、アメティスタが立ち上がらせようとする。
「これで、大丈夫です」
ルヴィが作り出した音叉を叩き、響く音を確認するとシトリは笑顔を浮かべた。
「よし、それじゃあさっきの班分けで街を回ること。もしベスティエを見つけたら無理をせず、増援を待て。あとは臨機応変にな」
レイデンはシトリが持つ音叉を受け取るとそのまま、歩き出す。
「アメティスタ、ルヴィ。無茶しちゃダメだからねぇ?」
わしゃわしゃとアメティスタとルヴィの頭を撫でると、カライスは二人に抱きついた。
「ガキ扱いすんなっ」
「あはは、ルヴィ顔あかい」
「ねー?」
赤面しながらカライスを引き剥がそうとするルヴィを茶化すアメティスタとカライス。
「カライスさん、置いていかれてますよ?」
暫くカライス達をジッと見ていたシトリだったが、レイデンの姿が見えなくなったことに気づきシトリはレイデンが歩いていった方向を指差して指摘する。
「えぇ? ちょっとレイデンー?」
シトリの指差す方向へ向けて走り出すカライス。解放されたルヴィは大きくため息を漏らして座り込む。
「ほら、ルヴィ。君も仕事ですよ」
「……はいはい。おい、行くぞ」
音叉でこつんと軽く頭を叩くと、シトリは笑顔でルヴィに音叉を渡した。ルヴィはシトリの態度に不満を露にするが、素直に音叉を受け取って立ち上がる。
「出発ー!」
目一杯に両腕を空に突き出すとアメティスタはレイデン達とは逆の方向に歩き出した。
「ルヴィ、アメティスタを頼みましたよ」
「……わかってるよ」
アメティスタを追って歩き出したルヴィに声をかけると、シトリは僅かに微笑んだ。
ルヴィが短いため息をついてヒラヒラと片手をはためかせると、不本意ながらもアメティスタを追う。
「……さて、ボクもやりますか」
音叉を持ち直し、シトリはそう呟くと周囲を見渡した。
「あれくらいならいけるかな」
高級住宅地の街の中心にそびえる電波塔に目をつけ、シトリは軽く準備体操を始める。助走をつけるとふわりと跳躍した。軽々と跳躍したというのに二階建ての建物の垣根を掴む。
さも苦もなく腕の力だけで屋根の上へに登った。
「お母さん、見てー。あのお兄ちゃんスゴい!」
たまたま近くを歩いていたイノセンスの男の子がシトリを指差して目を輝かせる。しかし男の子の手を握っていた母親は迷惑そうにシトリを睨み付け、男の子の目を塞いだ。
「あんなもの、見てはいけません」
母子からシトリのところまで多少の距離があるものの、その辛辣な言葉を聞き取ったシトリは短いため息を漏らす。
「おっと、足を止めてる場合ではありませんね」
気を取り直して屋根上から辺りを見回すと、電波塔までの道のりを確認する。やはりと言うべきか、金に糸目を使わない人たちが多いのだろう。デザインにこだわりのある建物が多く、平坦な屋根は少ないため電波塔まで楽々と辿り着けそうにはない。
シトリは頭を掻いて暫し悩むが、真っ直ぐに電波塔を見据える。
最大の障害は三軒先の建物だ。道路を挟んでいる為に二軒目と三軒目の間にかなりの距離がある。
「かといって遠回りするのも、タイムロスでしょうか」
シトリは小さくそう呟くとそのまま走り出した。そこに無駄な動きは少なく、速い。建物の上では強い風が吹き抜けているが、バランスを崩すことなくそのまま全速力で走り抜ける。
二軒目の屋根の端を力一杯蹴りつけた。そのまま三軒目を目指して跳躍するが、放物線を描いて降下してゆく身体と建物までの距離を比較してみても後少し届かない。
地面に叩きつけられることが頭を過る。しかしシトリは口角を吊り上げて微笑んだ。屋根裏部屋の丸窓の少し出っ張った縁を掴んでそこから三軒目の屋根に登る。一連の動作に無駄な動きはなく、シトリに疲れはない。
「さて、もう後はまっしぐらですね」
得意気に両手のホコリを払うと、電波塔に向けて軽やかに走り出す。シトリが跳ねたりするたびにふわふわと揺れる黄色の髪が日の光に照らされて汗と共に煌めいた。そうして安々と電波塔の一つ前の建物にたどり着いた。
「近くまで来ると意外と高い塔ですね」
電波塔を見上げ、思わずそんな言葉が漏れる。僅かに笑みをこぼし、建物から電波塔まで跳躍して鉄柱を掴んだ。
そのままの勢いを生かして天辺まで登っていく。電波塔の真下でこちらを見上げているイノセンスに気づいたが、シトリは気にせずに進んだ。
「やっぱり見張らしはいいですねぇ」
電波塔の天辺から街を見回して地理の把握を軽く済ませると、シトリは音叉を指先で弾く。キィィンと一定の音が響き渡り、シトリはその音に集中するために深く瞼を閉じた。
シトリの脳内には音の波が街中に広がっていく。
***
街の西側を歩くレイデンとカライス。シトリがいる中心部と比べ、閑散とした西側には空き地や森林が広がっている。
「レイデン、置いてくなんて酷いわ」
「……カライスに付き合ってるといつまで経っても移動出来ないし」
頬を膨らませて怒るカライスに対し、冷ややかな表情のままのレイデン。
「まぁ、確かにそうかも知れないけど……一言くらい声かけてくれてもいいじゃない?」
「……気が向いたらな」
「そういうところがレイデンよねぇ」
頬に手を当て微笑むカライスには「仕方ないわねぇ」といった様子でため息を漏らす。
「でも人数増えてよかったわね。シトリは真面目そうだし、アメティスタは可愛らしいし。これからもっと楽しくなりそう」
「……そうだな」
満面の笑みで足取りも軽いカライスを見て、レイデンは僅かに笑みを溢す。
「そういえばどうしてルヴィとアメティスタを組ませたの? さっき言ってたアメティスタがルヴィになついてるからって理由だけ?」
「……それもあるけど、ルヴィは意地っ張りだから」
「ふふ、ごもっとも。あの二人、どうしてるかしら? 仲良くしてるといいのだけれど」
一際強い風が吹き抜けてカライスの緑髪を巻き上げた。
「女のコに手を上げるほど腐ってないとは思うから大丈夫……かな」
「そんなことしたら私がタダじゃおかないわ」
カライスの満面の笑みを見て、レイデンはそこに混じる殺気に身体を震わせた。
「……カライス。やる気なのはいいが、やる相手を間違えるなよ」
「ふふ、わかってるわ」
無表情のまま軽く頭を抱えたレイデンがそう警告すると、カライスはクスクスと笑いながら口元を隠す。すると突然、レイデンが持っていた音叉が共鳴を初めてキィィンという音が響き渡った。
「シトリがベスティエを見つけたのかしら」
「どうやらそうみたいだな」
音叉を持ったまま右や左へと腕を動かす。すると二人がいる位置から東の方向で強く音が響いた。
「……東、か」
「いきましょう」
カライスに促され、レイデンは頷くと二人は走り出す。揺れるカライスの髪先が僅かに赤みを帯び始めていることに気付いたレイデンは短いため息を漏らした。
音がする方向へ走るカライスの口角が小さくつり上がる。二人の走る速度は速い。道端を歩いていた猫が二人に気づいて逃げ出すが、その猫さえ一瞬で追い抜いてしまう。音叉が放つ音が大きい方へと走れば走るほどに音は更に大きくなっていく。
そして走れば走るほどに空き地や森林が減り逆に建物が増え始めていた。
「ねぇ、もしかしてこれ……ルヴィとアメティスタがいる方向?」
「かも、な」
街行く人々もちらほらとすれ違うようになり、二人はイノセンス達にぶつからないよう右へ左へと避けながらも速度を落とすことなく走り抜ける。
「カライス! レイデン!」
街の中央に差し掛かった時、建物の屋根からシトリが声をかけてきた。様々な段差に移りながら地面に降りてくると、足を止めたレイデンとカライスのところまで慌てた様子で走ってくる。
「ベスティエが見つかったのか?」
「ルヴィとアメティスタが見つけて音叉で知らせてくれたんですが、音を聴く限りどうやらもう戦闘に入ってるみたいなんです」
アメティスタが心配なのか狼狽えた声のシトリ。
「シトリ、場所はわかるんですよね?」
「えぇ、こちらです」
カライスも声に動揺が滲んでいる。シトリが二人を誘導し、三人は再び走り出した。
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