ギルティ〈僕らは黒き咎を背負う〉

藤野 郁

序章 東の街と三人の問題児

 爽快に晴れ渡る青空とは対照的に、地上は重苦しい雰囲気が漂っている。


 とある学校の校庭に並ぶ生徒たち。彼らは列に並ぶ人数にばらつきはあるものの、前後左右に寸分の狂いもなく並んでいる。

 正確な数までは分からないが、数百人という彼らの中に私語は疎か、制服を着崩している者は誰一人としていない。

 漆黒の制服に、血のように紅い腕章がその場の物々しさを助長していた。


 彼らの向かい側に立つ男は拡声器を構える。男もまた、生徒たちと同じように黒い制服を着ていた。しかし、生徒たちの制服とはデザインが異なっており、幾つかの記章が肩や腕についている。

 拡声器で男が声を発しようとした瞬間、男の視線が列の右端に向けられた。

 その視線の先には明らかに一列分の空きがあり――もちろんそれは生徒が詰め忘れた訳ではなく、故意に空けられているのだが――、男は深いため息を漏らす。


「レイデンめ……今月もか」


 男は拡声器が音を拾うことがないよう、横を向いてそう呟いた。その声には呆れと怒りが滲んでいる。

 それらの感情を振り払うかのように首を振ると、男は拡声器を構え直した。


「諸君」


 男が声を上げると、拡声器が音を拾って芯の強い声が響き渡る。

 ぴんと張り詰めた空気に幾人かの生徒が息を飲んだ。


「先月は残念ながら南部で多くの殉死者を出してしまった。上層部による話し合いの結果、今後は班の構成人数は最低五名となる。現在、我が東部では五名に満たない班が多い。そこで班の再編成を行うと共に、中央セントラルから数名が増員されることとなる」


 厳しい表情で言葉を続ける男は、無意識のうちに拡声器を持つ手に力が入る。沸き上がる感情を抑えようとするかのように再び深いため息をついた。


「しかし、諸君らのカリキュラムに大幅な変更はない。今月、実技任務の者は特に気を引き締めて任務にあたってほしい。無力者イノセンスを守るのが諸君らの仕事だが、自分たちを守るのも諸君らであることを決して忘れるな。以上!」


 男がそう締めくくると、合図も無しに全員が寸分の狂いもなく同時に敬礼をする。男はそれを見届けるとその場を後にした。生徒たちは暫くその体勢のまま敬礼を続けていたが、男が建物内に入っていくのを見届けると体勢を崩してそれぞれ言葉を交わしながら散り散りに移動を始める。


***


 他愛もない会話を交わす生徒たちが重厚な造りの校舎の中に入ると、廊下から中庭が目につく。中庭には先程までの重々しい雰囲気を吹き飛ばしてしまうほどの色鮮やかな花が咲き乱れていた。

 赤、青、白、黄、橙――咲いている花の色を羅列してもしきれないほどにたくさんの花が美しさを競う。

 風が吹き抜ける毎に運ばれてくる香りが廊下中に広がり、生徒たちの足取りを軽くしていた。

 中庭の中心、バケツとじょうろを足元に置いて淡々と花壇の草むしりをする黒髪の青年が一人。漆黒の制服に紅い腕章をしているから彼も生徒なのだろう。

 彼が動くたびにさらさらとしたストレートの髪が揺れる。


「レイデン。今月ってオレら、訓練でいいんだっけ?」


 せっせと花壇の世話をする青年の背後から、だらしなく制服を着崩した赤髪の少年が青年――レイデンに声を掛けた。肩まで伸びた赤髪を乱雑に束ねる少年の左眉には傷があり、何処と無く気難しそうな印象を受ける。そんな少年を見上げるとレイデンは暫く無言で考えた。


「……いや、今月は確か座学だよ」

「うげ、マジかよ……」


 レイデンの答えに少年はあからさまな不満を露にして、その場に座り込む。


「ルヴィ。座学も真面目に受けないと単位足りなくていつまで経っても卒業出来ないよ」


 レイデンは一通りの作業を終え、手についた泥をバケツの中に溜められた真水で落とす。

 あまり感情を外には出さないレイデンを見て、ルヴィは不満げにため息を漏らした。


「卒業したってやることはここと同じだろ、ギルティは罪を償い続けるだけだ」


 自分の手を見つめ、少年――ルヴィは悔しげにその手を握りしめる。かける言葉が無いまま、レイデンがルヴィの頭を二回優しく叩いた。


「でもぉ、卒業したら少なくとも座学からは解放されるよー?」


 大きな荷物を抱えた若い女性が中庭に現れ、へらへらした笑顔で荷物を地面に置く。腰ほどまで伸びた長い緑髪をゆるく三つ編みにした彼女もまた、漆黒の制服を着ていた。


「カライス、お帰り。北部はまだ寒かったんじゃないのか?」

「ただいま、レイデン。確かに寒かったけれど、もう慣れたわぁ。私の生まれは北部だもの」


 そう笑顔で答えると女性――カライスは荷物を漁り始めた。それを見たルヴィが再びため息を漏らす。


「またかよ、大量に土産買いやがって……旅行なら兎も角、墓参りなんだから買いすぎだろ」

「んーでもぉ、買ってきちゃったし。ルヴィには砂糖菓子ねー?」


 ルヴィの言葉をものの見事にかわし、カライスはそういって可愛らしい包装紙に包まれた箱を取り出した。


「……ありがと」

「どう致しまして。ルヴィは砂糖菓子大好きだものねぇ」


 女のコが好きそうな梱包に暫し躊躇いを見せたものの、ルヴィは少しばかり照れつつもカライスから箱を受け取る。

 箱を控えめに振り、中に入っているであろう砂糖菓子を思い浮かべて頬を緩めた。


「レイデンには花の種。北部由来の花だから咲かせるのは難しいかもしれないけど……そういうの、挑戦するの好きよね?」


 朗らかに微笑むとカライスは花の種が入った袋を出して、レイデンに手渡す。レイデンは微かに笑みを浮かべ、受け取ると袋を日の光に透かして種を見た。


「ありがとう。色々試してみるよ。どんな花が咲くか楽しみだな」

「きっとレイデンは気に入ると思うわ、楽しみにしていてね」


 カライスがそう言ったと同時に予鈴が高らかに鳴り響く。レイデンが廊下の方へと視線を送ると、幾人かの生徒達が慌てた様子で廊下を駆け抜けていった。


「あ、予鈴ね。今月は座学だったかしら」

「……君たちは教室に行かなくていい」


 三人の背後に立つ男。うんざりした様子で大きな溜め息を漏らす彼は、先ほどの朝礼で生徒達の前に立っていた人物だ。


「クォーツ教官」


 男――クォーツが現れると同時に三人はそれぞれの反応――カライスは微笑み、ルヴィは不満げに、レイデンは無表情――で姿勢を正して、立つ。


「君達、今日は何の日か知ってるのか?」

「……今日?」


 レイデン達三人を順番に軽く睨み付けるクォーツの問いに全員が首を傾げて考え込むが、答えを出すことが出来なかった。


「今日は月一の全体朝礼の日なんだがな……?」


 即答出来ない三人を見て、クォーツは頭を抱えて大きなため息を漏らす。


「全体朝礼……? ってそんなのあるのか?」


 悪びれることのない言葉にクォーツは信じられないと言った表情でルヴィを見た。


「ルヴィ。毎月、月始めにあるのよ。クォーツ教官、申し訳ありません。墓参りで忘れてましたわぁ」


 謝っているというのに笑顔で首を傾げるカライス。そこに反省の色は見えない。


「……班長が出席しないのはレイデンの班だけだからな……? カライスは今回だけ欠席だったから多めに見てやるとして……レイデンにルヴィ。お前らは素行不良で懲罰対象になっても文句は言えんからな。東部所属になってから今までの一度も出席してないだろ」


 クォーツは鋭くレイデンと ルヴィを睨むが、二人ともさして気にしていないかのようだった。


「……いえ、ここにくる以前から朝礼には出ていません」


 レイデンの真顔での回答にクォーツは呆れて開いた口が塞がらないと言った様子で言葉を失う。


「あ、オレも」

「まぁ、二人らしいわね」

「……いくらなんでも他の奴等に示しがつかない。次回からは必ず出てもらうからな」


 レイデンの言葉に賛同するルヴィと笑顔を浮かべたままのカライスを一瞥すると、クォーツは再びため息を漏らした。


「本来は戦力強化のための増員だが、お前達の場合はお目付け役として中央の生徒を二名つける。くれぐれも次はないと思え」

「なんだかんだでクォーツ教官は甘いよなぁ」

「ルヴィ。そういうことは本人がいないところで言え、それに甘いんじゃなく優しいと言ってほしいがなぁ?」


 クォーツはそういってルヴィの耳たぶをきりきりとつねりあげる。すわった目で半笑いのクォーツにルヴィが必死に「ごめんなさい」と繰り返し許しを請っていた。


「……クォーツ教官。それで中央から来る増員と、僕らが座学の授業に出なくていい理由はなんですか?」


 レイデンが無表情で質問するとクォーツは思い出したと言わんばかりにルヴィから手を離す。


「クォーツ教官。こちらにいらっしゃったんですね、探してしまいました」


 癖っ毛の青年が中庭を覗くと、クォーツに声をかけて頭を下げる。青年の黄色の髪がフワフワと跳ねた。


「ちょうど良かった。彼が増員の一人だ」

「初めまして、中央から来ました。シトリです」


 青年――シトリの姿を見たルヴィは気づかれないようにレイデンの背後に隠れて身を縮める。ルヴィの行動の意図を図りかねるレイデンが頭を傾げていると、紫色の髪の幼い少女がシトリの背後からひょこっと顔を出した。

 シトリと同じ癖っ毛をツインテールに束ねているため、少女が動くたびに可愛らしく跳ねる。


「あ、この子はボクと同じ中央から配属されたアメティスタです」


 シトリがそう紹介するとツインテールの少女は可愛らしく笑顔を浮かべて、頭を下げた。


「シトリとアメティスタは兄妹きょうだいだ。まぁお前達のことだ、心配はしないが仲良くやれよ」

「ギルティで兄妹……? 珍しいな。僕は一応班長のレイデン。よろしく」


 淡々と自己紹介するとレイデンは右手を差し出す。


「レイデンさん、よろしくお願いします」


 笑顔で握手をするシトリと、無表情のままのレイデン。二人をジッと見つめ、アメティスタは片手を上げる。


「アメもよろしく~」

「よろしく、アメティスタ」


 微かに笑みを浮かべ、レイデンはそういってアメティスタの頭を撫でた。


「私はカライスよぉ。よろしくねぇ、シトリにアメティスタ」


 二人の姿を微笑ましげに見守るカライスはクスクスと笑いながら名乗る。


「……で、僕の後ろに隠れてるのがルヴィ。ルヴィの様子からしたらもう知り合いかもしれないけど」

「ば、わざわざ紹介すんなっての!」


 隠れ方としては粗末極まりないのだが、誰も自分に触れてこなかったためか安堵していたルヴィ。急に自分に矛先を向けられてからその場から逃げようと動き出す。


「ルヴィ! 久しぶり~」


 しかし時は既に遅し。ルヴィに気付いたアメティスタが文字通りルヴィに跳びついた。


「いてぇ! おま、自分の兄貴にひっつけよ!」

「あはは」

「あははじゃねーし!」


 じゃれ合う二人の傍ら、カライスは不思議そうに首を傾げる。


「……あぁ、そういえばルヴィは中央出身だったわねぇ」


 暫く思案した後に二人が知り合いである理由に辿り着くと、ぽんっと自分の手を叩いた。


「だーかーら、暑苦しいから引っ付くんじゃねーよ!」

「あはは」

「だから、あははじゃねー!」


 ひっついたまま離れないアメティスタをどうにか離そうとするものの、なかなか離れてもらえないルヴィ。


「……アメティスタは強者だな。あのルヴィを困らせるとは」

「クォーツ教官。自己紹介も終わりましたし、話を進めましょう」


 感慨深そうに呟くクォーツや助けを求めるルヴィを他所に、レイデンはマイペースに話を進めようと口を開いた。


「まぁ……何てことはない話なんだが、第一地区からベスティエ討伐の要請が来ていてな。目撃されたベスティエの特長から割り出されるレベルの班を送ろうと思ったんだが、“上位の班を寄越せ”と言われてしまったんだ。お前達三人は問題児の寄せ集めみたいなもんだが、腕は確かだ」

「……早い話が僕らを第一地区に派遣するってことですね。了解しました」


 申し訳なさそうに話すクォーツの真意を読み取り、レイデンはカライスに目配せをする。するとカライスは満面の笑みで頷くとルヴィに引っ付くアメティスタを離した。


「ちょっと待て、さっき第一地区って言ったろ? あんな金持ちだらけの場所なんかオレは行かねぇ」


 アメティスタから解放されたのも束の間、“第一地区”という言葉に直ぐ様反応したルヴィは駄々をこねるように顔を背けた。


「言うと思ったのよねぇ……金持ちや貴人のこと、大嫌いだものね。ルヴィは」


 大きくため息を漏らすと「困ったわぁ」と頬に手を当ててカライスは眉を下げる。


「……クォーツ教官。ルヴィは待機にしても?」

「悪いが先月の南部での事件の影響で班は最低五名で行動することが決定したんだ。いくらお前達でもルヴィを欠いて行動することは許可できない」


 クォーツの言葉にレイデンは無言でルヴィを見ると、短いため息を漏らしてカライスに視線を送った。


「ルヴィ、聞いてたわよね? 私もレイデンも貴方一人の駄々に付き合って上げるほど優しくないの」


 満面の笑みを浮かべ、カライスがルヴィの首根っこを掴むとズルズルと引き摺りながら歩き出す。その笑みに恐怖を見出だしたルヴィはされるがまま、身体を強張らさせた。


「クォーツ教官。詳細は第一地区の区長に聞けばいいんですよね?」

「あぁ、くれぐれも気を抜くなよ」

「……わかってます。シトリ、アメティスタ。二人とも着いてきてくれ」


 レイデンはカライスの荷物を抱え上げると、カライスとルヴィの後を追って歩き出す。


「奴ら五人、うまくまとまればいいがな……まぁ、二人増員した程度であの三人が真面目になるはずもないか。むしろあの兄妹の方が感化され……ない。あってたまるか」


 去り行く五人の背中を見ていたクォーツは大きくため息を漏らす。途中で浮かんできた有り得そうな自分の思考を否定し、大きく首を振った。

 これから起こりうるであろう問題にじわじわと頭が痛みを訴え始めるが、考えなかったことにしようと気を取り直す。


「もうなるようにしかならん」


 無意識のうちに頭を抱えてクォーツが中庭を後にすると、強い風が吹き抜けて花々を大きく揺らした。

 風に乗って運ばれる花の香りはクォーツを癒そうとするのだが、止まることのない風に寄って遠くへと運ばれてしまう。

 風の中にクォーツの大きなため息が混じっていた。

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