7粒

どれくらい時が経ったのだろう?

いつのまにか雲が厚く日射しを遮り、雨が降りだしていた。


何かに背があたり、大海を漂う僕を引き留めていた。

こんなに何にもない海の上で何に引っかかったと言うのだろう?

不思議に思い振り向くと、そこには階段があった。


五段ほど海上に伸びた石の階段は、見覚えのあるドアに続いている。

忘れもしない。フェリシティと僕の誕生日を祝った、あのカフェのドアだ。


夢でもみているのだろうか?

朦朧とした頭で考える。


そのしっかりとした石の段を、手のひらで撫で確かめてみた。

幻ではない。ちゃんと触れる。


ふらつきながら数時間ぶりに陸に這い上がった。

想像以上に体が重い。最後の力を振り絞るよう、階段に自分の体を引き上げる。まとまらず、答えも出ない疑問を持て余しながら、唯一それを見出せそうなドアを目指す。


ドアノブに手を掛けて引くと、来客を知らせるベルが鳴り響いた。


「いらっしゃい。大変な雨でしたでしょう?......て、お客さん!? いくらなんでもその格好は無いですよ!」


出迎えてくれた店員が、ダイバー装備の僕を見て大爆笑して泪を流している。

ナイスな冗談だと、なぜか大喜びだ。


後ろを振り向けばそこに海はなく、プラタナスの並木が強風に枝を揺らしていた。刺すように吹き付ける雨のなか、僕だけ場違いな海の香りを漂わせている。


「僕も何がなんだか......」


店の奥でガラスの割れる音がして目を向ければ、僕の人魚が死に物狂いの形相で駆け寄ってくる。何を言っているか分からないほど泣いていた。


その回りを、小瓶をもった小男がウロチョロしている。

こいつは誰だ?


これが走馬灯だとしたら、僕の人生は本当にひどい。


ひとまず、フェリシティの肩を抱き締めて、落ち着かせようと試みる。

他の何よりも、彼女が泣いているのは我慢なら無かった。


「しーっ。フェリシティ泣かないで。どうしたの? 何がそんなに悲しいの?」

「本当に? 本当にウィルなの? 止めてよ! また夢とか言わないでよね!」


彼女の腕が折れてしまうのではないかと思うほど、きつく抱き締められた。

本当なら、僕の方がパニックになって可笑しくはない状況なんだけれど、回りの阿鼻叫喚ぶりに何だか返って冷静になってしまった。

興奮状態の彼女の背中を優しく撫でる。


「えーっと、感動の再会のところ悪いんだけど。店に入るならその装備下ろしてくれるかな? 出来れば入口だしお早めに」

「ごめん。直ぐにどくよ」

「ありがとう」


店員が戸惑っている僕に、少し遠慮がちに注意を促す。

土砂降りの雨の中、ドアをあけ放ったまんまは、さすがに良いとは言えない。

察して謝ると、微笑んで『席についてからごゆっくり』と、奥に引っ込んでいった。

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