6粒
青く透き通った水のなか。
僕は極彩色の魚の群れを見ても余り嬉しくなかった。
子供の頃プールで溺れかけた僕は水が嫌いだった。
たけど、僕の恋人のフェリシティはまるで人魚みたいに海が大好きで、休みの度に水に潜りたがった。
彼女が水に潜っている間、僕は陸の上でひとりぼっち。
彼女がみている世界をみたい。僕の知らない顔して水と戯れている彼女のそばにいたい。
決心した僕は、海に挑むことにした。
大丈夫、僕には幸運の人魚がついている。
なぜ幸運の人魚かというと、フェリシティが一緒に海に潜ると、荒れた海も静まるって彼女のダイバー仲間が言っていたから。
相変わらず泳ぐのは上手く成らなかったけど、彼女と同じ海に潜れるくらいのライセンスを手に入れた。
僕にはひとつ目標があった。
もし、彼女と同じ海に潜ることが出来るようになったら、僕の人魚に結婚を申し込もう。彼女の一番好きな海のなかで、真珠の指輪を渡そう。
婚約の指輪として。
僕がひとつの節目を迎えた誕生日。
フェリシティが、一番好きなダイビングポイントで一緒に潜ろうとチケットを贈ってくれた。
その日が来たんだと僕は思った。
いざ、ダイビングの当日。
僕の人魚姫は風邪を引いてしまった。
母なる海は優しさと同等の厳しさを人に示す。誰でも受け入れる懐の深さがあっても甘えを許してはくれない。と、まぁ、これは彼女の受け売りなのだけれど。
とにかく、万全でない体調で海に入ることはさせたくなかった。
落胆した僕を気遣って、フェリシティは皆と一緒に行っておいでと海へ送り出してくれた。
私は港で待ってるわ。そう言って微笑んだ。
彼女のプレゼントを無駄にしたくなかった僕は、そうして船に乗ってしまった。
それで今、初めて彼女のいない海へ潜っている。
ダイビングを始めてからこれまで、こんなことは1度も無かった。楽しみにしていた海だけど、フェリシティがいないだけでこんなに味気ないなんて。
と、海中を衝撃が走る。
ダイバー仲間と海上に顔を出すと、ポイントまで乗ってきた船が壊れていた。
胴体脇に亀裂が生じて海水が入り込んでいる。直ぐに沈む気配はないが、陸までたどり着けるか問われれば怪しい状態だ。故障した船まで遠いため、仲間で固まって海上を漂いながら救助の船を待つ。
その時、僕のベルトにつけていた小さな袋の結び目が緩み、指輪が流れに浚われた。
フェリシティに捧げるはずの大切な指輪。
プラン変更になったにも関わらず、僕は愚かにもはずしてくるのを忘れていたのだ。
そしてもっと愚かなことに、僕は流された指輪を追って海流に浚われてしまった。仲間の騒ぐ声が聞こえる。必死に僕の名前を呼んでいた。
やがて波のうねりに遮られ、その姿も見えなくなる。流れに逆らって泳いでみたが、自然に逆らえるものではない。
水に好かれてない僕が海と戯れていられたのは、やっぱり幸運の人魚がいたからなんだ。波間を漂い、流されながらはっきりと感じていた。
冷たい死が僕をつかもうとしている。
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