3粒
フェリシティには恋人がいた。
背の高い、深い泉のような瞳の、その髪と同じく夕映えのように笑顔の素敵なひと。
齢の節目を迎えた彼は、なにか新しいことを始めたいと言い出した。
そこで、彼女の趣味であるスキューバーダイビングに誘ってみた。
余り泳ぎが得意でない彼のこと、きっと断られるだろう。
そう思っていたのに、彼はフェリシティと同じ趣味を楽しめると嬉しそうに承諾した。
付き合い程度に楽しんでくれればいい。
そう思っていたのに、予想外にも、初級から中級と、真面目な彼は順調にライセンスを取得していった。
3年前の今日、二人はこのカフェで彼の誕生日を祝い。
フェリシティは、お気に入りのダイビングポイントへ行く船のチケットを彼にプレゼントした。彼の努力に対するご褒美であり、労いのつもりだった。
1週間後、二人で海に潜るはずだったのに、フェリシティは風邪を引いてしまった。黙って海に入ろうかと思ったけれど、気付いた彼に止められた。
がっかりと肩を落とす彼を見て。せっかくの誕生日プレゼントなのだから、せめて貴方だけでも楽しんできてほしいと送り出した。
私は港で待ってるわ。
船長はベテランだったし、潜りなれたダイバー達も一緒だったから大丈夫だと思った。港で私に見送られ、楽しそうに手を振り返してくれる。
でも、彼は帰ってこなかった。
彼らがダイブしている間、海上に停泊していた船にジェットバイクが衝突。
酒気帯び運転による事故だった。
船長はバイクの運転手を助け、沈みそうな船に代わり、急ぎダイバーを回収をしてくれる船を無線で要請した。
だけど、船がつくのが遅すぎた。
その間、波に流されたフェリシティの恋人は。
とうとう見つからなかった。
雨が降りだした濃いグレーの港に佇んで、白波のたつ海を目の届く限り遠く見つめ続けた。
どこかに彼がいるんじゃないかと。
私があんなプレゼントあげなければ。
一緒に行っていたら。
こんな事にはならなかったんじゃ無いだろうか!
風の鳴き声に負けまいと彼の名を呼ぶ。
掻き消されても、掻き消されても。
彼の名を呼び続けた。
戻ってきて! お願いだから!
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