2粒

彼女が名刺を見て、首をかしげている間。

コリンズ氏はニコニコとそれを見守っていた。


「泪の収集家ですって?」

「えぇ、ティアーズ コレクターと呼ばれています」


彼女がまだ腑に落ちない顔をしていると、さらに説明を始めた。


「皆さん知らないようで驚かされるのですが、有意義な趣味、ないし職業なのですよ? ご存じ無い?」


そんな職業があるなど聞いたこともない。

彼女が肩をすくめると、コリンズ氏はがっかりしたように溜息を漏らした。


「泪にも色々ございましてね。悲しい泪、悔しい泪、嬉し泪、笑い泪。感動の泪、退屈の泪まであります。それら泪を採取してコレクションするのが我々、ティアーズ収集家コレクターなのですよ」


「何のために? どうしてそんなことを?」

ですって?」


そんな事をして、いったい何の意味がある?

言葉の外ににじむ感想に、彼のコレクターとしてのプライドが傷ついたようだ。

少し不機嫌そうに口を歪める。


「切手や鉱物の収集家に、同じ質問をしたとしましょう。

コレクターの魂があるというのなら、同じ答えが帰ってくると思うのですがね? 

歴史やロマンもさることながら、考えてもご覧なさい。

人間の心がもっとも高ぶった時に流される感情の一滴なのですよ。

拭き取られ、あるいは流れ落ち。はかなく消える存在です。

美しいではありませんか!

その輝きを留めておきたいとはお思いになりませんか?」


キラキラとした瞳で語るコリンズ氏は、恋の熱に浮かされた青年のようだ。

実際は、夢みる小さいおじ様だけど。


その顔を見ていたら、なんだか、どうでもいい気持ちになってきて、私は泪を譲ることに同意した。悲しみが消えない限り、どうせまたこぼれるに決まっている。

少し投げやりな態度で、『いくらでもどうぞ』と言うと。


「最初に流れた一粒がコレクション対照なのですよ。二粒目からはどうも色合いが悪い。」


と、真面目な顔をして言われた。


小瓶にナンバーのラベルを貼り、鞄から革表紙の分厚い本を取り出して、そこに日付や採集地、天気や気温、時間などを几帳面な文字で事細かに記録していく。


「そうだ。貴女のお名前を聞いていなかった」

「フェリシティ・ウッズよ」


記録に新たな一行が足される。

フェリシティ・ウッズ より採集。


「ミス? ミセス?」

「ミスよ。フェリシティでいいわ」

「では、フェリシティ。ここからが肝心なのです」


--この泪のわけを教えてくださいませんか?--


「言わば由来です。この泪は無意に流されたものではないでしょう。この泪の由来を教えてほしいのです。」


この一言にフェリシティは俯いた。

確かに、この泪には想いが込められている。ラベルを貼られたビンのなか、瞬く星のように輝く泪を見つめ軽く首をふる。拒否ではない。

いつまでもふさいでしまう自分自身に半ば呆れての行為である。意を決したように頷いて顔をあげた。


「いいわ。話してあげる。これで踏ん切りをつけて、この悲しみを終わりにするためにも」


コリンズ氏は明らかにホッとして微笑んだ。

採集するにあたり、この局面が一番難しいところなのだろう。

『ありがとう』そう、感謝の言葉をささやいた。

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