Tears collecter ~泪の収集家~

縹 イチロ

人魚の泪

1粒

嵐の訪れた日。

彼女は不思議な紳士に会った。


カフェの窓のそとはひどい雨が降っていた。

雨樋あまどいに受けきらなかった水は溢れ、滝のように流れ落ちている。

天窓のガラスをなめるように薄く伝う水が、弱い光のもと床のうえに不思議な模様を描いていた。


雨音に包まれ、ほんのりと珈琲の香り漂う店内はしんと静まり返っている。レコードをかけているのか、途切れ途切れにジャズを歌う女性ボーカルの甘い声が流れていた。


閑散かんさんとしているはずだ。

今日は台風が通過する日なのだから。


にも関わらず、彼女は車でわざわざこの店に来たのだ。

彼の誕生日を祝うため。


happy birthday to you ♪

happy birthday to you ♪


風が鳥に似た高い声で鳴く。

彼も海の上。この風の歌を聞いたのだろうか?


happy birthday dear......


二人掛けの席。誕生日を祝うケーキの上、揺らめく蝋燭ロウソクの光。

ひとりぼっちの彼女。


目の縁を越え、悲しい色合いの雨が滴り落ちようと膨らむ。

こぼれ落ちようとしたその時、スッと手が伸びてきて小瓶になみだを受けた。


驚いて身を引くと、いつの間にか、小瓶を手にした小男が隣に立っている。

眼鏡に口ひげ、山高帽やまたかぼう。今時珍しいレトロなで立ちだ。

空いた手で帽子を傾けて微笑む。


「いやぁ、申し訳ありません。あまりに美しかったものでつい断りも無しに。お嬢さん、少しいいですか?」


悲しみに沈んでいたところに場違いな男が現れて、女性は戸惑っているようだ。

男は返事も待たずに向かいの席に腰を下ろすと、テーブルの上に先程の小瓶を置いた。


採取用と思わしき口広のビンは、きっちりとコルクのふたがされていた。

どんな仕掛けなのかは解らない。だけど、先ほど採取した泪がビンの中心で、カボションカットの宝石のようにキラキラ浮いていた。


「美しい」


男は満足そうにため息をついた。


「貴女の涙。私に譲ってくださいませんか?」


突然現れ、泪を採取し、それを譲り受けたいといい出した不信な男に、彼女は眉をひそめた。当然の反応である。


「いやいや、話が急すぎましたな。私は怪しいものではございません。こう言う者です」


内ポケットより取り出した銀のケースから、名刺を一枚引き抜いて彼女へ差し出した。

それをぎこちなく受け取って名前を見る。


『パータム・コリンズ』

『Tears collecter』

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