ショップ店員からの聞き込み

 この度はお世話になります。店長のミムラです。何かお尋ねになりたいことがあるそうですが。ああ、この写真の方。覚えています。私が接客しましたし、一度にたくさんお買い上げいただいたので印象に残っています。

 この写真、お怪我されていますね。何かあったんですか。


 この方は一週間ほど前に来店されたと思います。たぶん、このファッションビルの管理者の許可があれば防犯カメラで確認できると思いますが。あぁ、もうご覧になったのですね。そうです、先週の木曜日のことでした。

 開店直後にご来店いただいたと思います。店に入るなり、まるで査察に来た本部の役員のようにまっすぐ私に話しかけてこられました。あれは服を買いに来たような雰囲気ではありませんでしたよ。重大な通達を告げに来たのかと思いました。

 それでも、どんな様子であってもお客様ですから。私は笑顔で「いらっしゃいませ」と応じました。すると「大事な用があるのでおしゃれな格好をしたい。洋服一式を見つくろってほしい」とおっしゃっいました。上着や、バック、サイズが合えば靴も変えたいと。こういったお申し出を受けるのは別に珍しいことではありません。大学に入りたての裕福な子たちが「何を選べばいいか教えて欲しい」と言ってくださることはたまにあります。私も何度か経験しました。たいていは一通り選び終わったあとで、彼らのお財布事情に合わせて何点かお買上げいただくことになります。この方の場合、全てをお買い上げいただいたのでさすがに面食らいましたが。


 当日着ていらした服は、私どものブランドよりも一段とお求めやすい価格帯のものであるとすぐに分かりました。俗に言う「ファストファッション」です。たしか黒いスキニージーンズに、短めのダッフルコートを身につけておられたと思います。中に着ていたのは、グレーのカーディガンと花柄の襟シャツ、だったでしょうか。確かめたわけではありませんが、お歳に似つかわしくないといいますか、まるで新入の大学生のようだった気がします。でも、申し訳ありません。うろ覚えなところもあります。なにせ試着なさっていたときの印象のほうが強いのです。


 大事な用について、ですか。どなたかとお会いになるということでしたよ。相手は男性です。渋谷で待ち合わせをしているということでした。お相手との関係ですか。私も尋ねましたが、あまりはっきりとは教えていただけませんでした。ああ、でも、相手の方の服装の趣味なら分かります。「お相手の方の服装の趣味も選ぶときのヒントになりますよ」と提案させていただいたら、「真面目そうな感じ。私服でも襟付きシャツにチノパンを履いているような人」ということでした。あとは「アクセサリーはたくさん付けたりしない人だけど、ちょっとこだわったシルバーの腕輪をひとつだけはめている」、「メガネを掛けていて、髪は短め。スポーツ刈りというわけではなく、ふんわりと短い」とおっしゃっていたと思います。そこで、この方のコーディネートも「真面目に見えつつも高級感があるオシャレ」を目指して提案させていただきました。

 

 結果ですか。上は体にぴったりとフィットするような黒のニットにしました。この方はなかなかスレンダーな方でしたので、体の曲線が見えやすいニットを提案させていただきました。華奢な感じが一層際立ち、女性らしさを増すことができましたので満足しています。下はスエードのフレアスカートです。ええと、合皮でできたスカートのことです。あのスカートは裾が広がっていることで素材は重くともヒラヒラした動きが楽しめるようになっていました。あれをご覧になった方は、まるで毛足の長い猫が歩いているような印象を受けることでしょう。上着はネイビーのトレンチを気に入られて。ちょっと雰囲気が暗めになってしまうとは申し上げたのですが、シックな感じが相手に似合うとのことだったので強くはお引き止めしませんでした。お履物は5センチほどのヒールが付いたベージュのパンプス、バックは黒の革バックをあわせました。この全部の金額ですか。15万くらいだったでしょうか。妥当なところだと思います。一番高かったのはトレンチです。しっかりしたトレンチコートは値が張ります。私どもとしてもなるべくお客様にお求めいただきやすいお値段でご用意したいところではありますが、きちんとした素材を使っているものを仕入れておりますので。相場以上のものを売りつけたなど、めっそうもございません。


 服を選ばれているあいだ、この方はとても明るい雰囲気でいらっしゃいました。社交界デビューの日を迎えたお嬢さんのようでしたね。緊張と希望が顔に現れていました。相手のことを思い浮かべていたのでしょうか、慎重に一点ずつ検討されていたと思います。

 広げた服をじっくり見て、そして選ばなかったものはきちんと畳もうとされて。腰の低さが伺えましたね。私どもの商品を丁寧に扱ってくださったのは嬉しかったです。またこの方も、そうした行為ができるのが嬉しくて仕方がないといった様子だったので尚更気持ちが盛り上がりました。お恥ずかしながら、私も仕事だということを忘れそうになったほどです。

 普段はあまり服装に気を遣っている方とは思いにくく、お化粧も簡素でしたし、髪も特に手を入れられている様子はありませんでした。そのことは、この方も分かっていらっしゃったのではないでしょうか。服を選んだ後は美容室に行かれる予定だとお話されていました。……本当に、告白を成功させたいのだなと。一生懸命、相手に好かれるための努力をしていらっしゃると感じました。


 あの、この方のお怪我の具合はいかがなのでしょうか。この方に来ていただいたことで私としても久しぶりに大きな良い仕事ができたと思っております。あんなにたくさん買っていただかなくても、いえ、見ていくだけでも構わないので、できればまたご来店いただきたいのですが。告白の結果も気になりますし。この商売は一期一会を大切にするだけと日頃から肝に銘じているのですが、どうも引っかかっておりまして。


 この方、いまはどのような状況なのですか。

 

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