観覧車の頂上

黒松きりん

ある女の独白①

 もうだめだ。

 死ぬしかない。

 明日死ぬことにしよう。


 わたしが死んだあとはどうなるんだろう。このアパートの荷物は、わたしのなけなしの貯金は、今日やりかけた仕事は、どうなるんだろう。

 いいや、そんなもの。心配したって仕方がない。

 だってわたしは死ぬんだもの。死んだあとに人からどう思われているかなんて分かるわけがない。

 そうだ、死ぬと決めたなら貯金も使ってしまおう。わたしには似合わないと思ってやめていたこともやってみようかな。言いたいことを言って、食べたいものを食べて、周りにいっぱい迷惑をかけても知らんぷりだ。

 だって、もう先の心配なんていらないんだから。


 わたし、何がやりたいかなぁ。わたしの憧れってなんだろう。

 誰かと何かをするのは別にいいや。どうせ、わたしが会いたい人はわたしに会うつもりがないのだから。


 ああ、そっか。わたしに会いたくなるような素敵な格好をしてみようかな。いつも見ていただけで商品を買ったことがないあのお店。あそこで洋服一式、上着も、バックも、靴も、全部そろえてみたらどうだろう。新品の服を着て、オシャレな通りにある美容室で髪をセットしてもらうのもいいかもしれない。ついでにメイクもお願いしよう。本当は整形ができればいいんだけど、明日だけで出来るわけないか。大丈夫、プロの手にかかればきっとわたしだってキレイになるはず。


 見た目が変身できたら、渋谷の雑踏に紛れ込んで誰かにナンパしてもらおう。わたしのことをナンパしてくれる人なんて今まで一人もいなかったけれど、見た目が良くなれば声をかけてもらえるかもしれない。ちゃらんぽらんな人はいやだな。できればあの人に似ている人がいいな。メガネを掛けていて、身長が高くて、親切そうな人。それで漫画でよく見る「おねえさん、ひとり?」みたいな台詞回しじゃなくて、「誰かと待ち合わせですか」と自然に声をかけてくれないかしら。わたしは「待ち合わせてたんですけど、振られちゃいました」と答えたらいいよね。そうしたら相手は「ぼくも一緒です。よければ一緒に夕飯でもどうですか」と言ってくれるはず。

 ああ、いいなぁ。そういうの、いいなぁ。


 そういえば観覧車にも乗りたかった。一番高いところで、キスしてもらいたい。ぎゅうっと抱きしめてもらって「好き?」と聞かれるの。わたしは「大好き」と答える。考えただけでも緊張する。

 でも言いたいなあ。本当に言いたい相手にはもう会えないから。


 死に方はどうしようか。首を吊るのも刃物で刺すのも道具が必要だから、ちょっと面倒だな。横浜の海に飛び込めばいいのか。ああ、でも、入水自殺は成功率が低そう。たしか太宰治が自殺しようとして何度か失敗した方法が入水だった気がする。やっぱり現代は電車への飛び込みだよね。人身事故による電車の遅れを今までは苦々しく思ってきたけれど、いまなら飛び込む人にも事情があると思える。世間の人たちに迷惑がかかるけれど、それはもういいや。そういえば、電車を止めたら賠償問題になると聞いたことがある。親に申し訳ないな……いやいや、親に申し訳ないなんて本気で思うなら自殺なんてしなきゃいい。わたしが死んだあとのことを気にしたって仕方がない。だけど念のため、飛び込む前にわたしの手がかりになりそうなものを全部を捨てておこう。

 

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