天才 水瀬愁 の災難



俺には可愛い妹が二人いる。

次女の冬香はとてもしっかりしていて、頭脳明晰容姿端麗といっても過言ではない。

今日も朝早くから私服に着替えて受験に向けての勉強を始めている。



「冬香、おはよう」

「うっさい!」



だが兄に対する態度は冷たい。ちょっとばかし…、いやだいぶ口が悪いのが玉に瑕だ。おはようへの返しがこれって…。反抗期なのか?



「ちょっとトモちゃん!駄目でしょ〜」

「あ、お姉ちゃん!おはよう!」

「うん、おはよう!お兄ちゃんもおはよう」



そして愛する長女…詩春。彼女は面倒見もよく優しい性格をしているのだが、このぽやんとした天然気質に些か不安を抱いている。



「詩春、おはよう」



三人での落ち着いた団欒はこの土曜日と日曜日という休日にしかやってこない。ソファに座ってテレビを見ていると、丁度ニュースの占いが流れていた。



『今日の星座占い〜!』



見ていると冬香は三位だった。



「あ!トモちゃん三位だよ!やりたいことに全力を注ぎましょう、だって」

「お姉ちゃんまだ出てないから一位かもよ?」

「おい、俺も出てねーんだけど…」

「ということは!お兄ちゃんと勝負!」



『さぁ、今日のアンラッキーのあなたは…』



「わたしじゃありませんように!」

「お姉ちゃんじゃなくお兄ちゃん!」

「おいおい、お前らな…」



『ごめんなさい!最下位は天秤座のあなた!

今日は突然の不幸が訪れるかも。ラッキーアイテムはクマのぬいぐるみ。危機を乗り越えるには持ち歩くといいかも!』



「きゃー、トモちゃん!やった!一位だ!」

「お姉ちゃん、すごい!」

「誰か慰めろよ!」



『おめでとう!今日の一位は牡羊座のあなた!

懐かしい人に出会えちゃうかも!今日一日は何があっても頑張れそう。出来なかったことに挑戦してみよう!ラッキーアイテムはリボン!』



「今日ならバレーの練習しても上手くいくかなぁ?」



嬉しそうに手を合わせる詩春。



((……それはない))



俺と冬香の心の声が重なったのは気のせいではないだろう。



(まぁ、喜んでる詩春を見られたからいいか)



「あ!そうだ。私今日図書館まで勉強に行ってくるから」



そう言って冬香が立ち上がった。



「え、これから?お昼ご飯と夜ご飯はどうするの?」

「夜はどうせ塾だからそのまま行ってくる。

お昼も夜も適当にコンビニとかで買うよ」

「もう〜、言ってくれたらお弁当作ったのに」

「さっき決めたの!ごめんね?」



そんな妹たちの会話をソファで聞いていると俺のスマホが鳴った。



(……LINE?)



その主は翼だった。貴重な休日に何の用だよ?と悪態をついていると、



『しゅうたすけて』



の文字が。



(……何の話だ?)



取り敢えず、『何の話だ?』と今思ったことと同じ言葉を文字化して送る。



——…ヴー ヴー ヴー



(次は電話かよ…)



「はいはい、もしもし?」

『もしもーし』

「……」



スマホを耳から離し、果たして通話の相手は翼で合っているのか確認する。



「おい、翼。要件はなんだ」

『久しぶりに会いたくなったが着信拒否なるものを受けていた為、翼に連絡してもら…—』



——…ブチッ



何かの間違いだ。アイツらとは縁を切ったはず。



「お兄ちゃん、どうしたの?」



ハッと顔を上げるとそこにいたのは心配そうな顔で俺を覗き込む詩春。



「い、いや。何でもない…。それはそうと冬香はどこ行ったんだ?」

「結局あのまま図書館に行っちゃったの」



どこか寂しげな詩春は明日のおやつにでもパウンドケーキを作ろうかと意気込んでいる。



「じゃあ俺も一緒に……」



——…ピーンポーン



作ろうか、と言いかけたところ家のインターホンが鳴った。



「誰だろう?お客さんかな?」



そう言ってモニターを確認しようとする詩春。俺は先程の電話から嫌な予感しかしていない為、



「き、きっと変な勧誘だ!無視だ、無視」



詩春の行く手を遮った。



「確かに最近この辺にそういう人が多いって回覧板で回ってきてたもんね…」



その言葉に納得したのかソファに座る詩春。

取り敢えず事なきを得た…と思っていると、



——…ピーンポーン ピーンポーン



再度インターホンが鳴り響いた。



「やっぱりお客さんじゃない?」



そう言って立ち上がろうとする詩春を宥めながら座らせると、俺は意を決して玄関に向かった。



——…ガチャッ



「やっほ〜」

「久しぶり」

「……愁、ごめん」

「……帰れ」



こうして扉を閉めようとすると、ガッと手と足で思い切りドアを開けようとする双子達。



「俺は今貴重な休日を大切な妹と二人で過ごしてるんだよ!邪魔を……するなっ」

「それって詩春ちんでしょー?」

「俺も会いたい」

「愁…オレは被害者だからな」



コイツらは双子の八神汐音と八神玖音。

俺を含めた4人(今日は来ていないアイツを含めれば5人)は引っ越す前の家が近かったこともあって世間でいう幼馴染という関係にあたる。


だから詩春も幼い頃はよく俺らについてきていた。面倒見のいい奴らなので悪影響はないが、色んな意味で害はある。



「どうせお前ら詩春にちょっかい出して帰るだけだろーが。いいから早く散れ!」

「わざわざ冬香ちゃんがいない時を狙ったんだから今日は居座りまーす」

「何でそのこと知ってんだよ?!」

「詩春からLINEで聞いた」

「お前らサラッと名前呼びするな。ぶっ飛ばすぞ。それにLINE交換なんていつした?!今すぐ消して諸共に灰になれ…」



玄関で攻防戦を繰り広げていると、パタパタと足音が聞こえてきた。



「お兄ちゃん、大丈夫?」

「くっ、来るな!部屋行ってろ!」



しかし、俺の制止も虚しく…。



「詩春ちん、やっほ〜」

「詩春、久しぶり」

「詩春ちゃんごめんね…」



ついに三人が詩春と対面してしまった。

そうなるとつまり…。



「わ、汐音お兄ちゃんに玖音お兄ちゃん!

それに翼お兄ちゃんまで!」



こうなるわな…。しかもその呼び方はするなって叩き込んだはずなのに…。

そしてこうなったってことは、



「上がって上がって!」



……次はこうなる。



「詩春ちん!会いたかった〜」

「ん、背伸びたんじゃない?」

「お邪魔します…」



俺の横を嬉々として横切った双子と申し訳なさそうに敷居をまたいだ翼は詩春と楽しそうに談笑している。

一人落ち込む俺の姿はきっと誰にも映っていないのだろう。



『ごめんなさい!最下位は天秤座のあなた!

今日は突然の不幸が訪れるかも。ラッキーアイテムはクマのぬいぐるみ。危機を乗り越えるには持ち歩くといいかも!』



フッと俺の頭に先程の占いがよぎる。



「不幸ってコイツらのことか…」



こうして俺は一つ深いため息を落とした。

俺の苦難はここからがスタートだ…。



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