第8話『いざ異世界へ(終)』

 久しぶりに会った姉は、まるで変わっていなかった。


 姉はネットで知り合ったとか言う男に会うために、両親と喧嘩をして家を出て行った。

 あれから連絡も途絶し、もう十年以上経過している。

 それが、昨日会ったみたいに、俺たちは、普通に話しが出来ていた。

 

「バイト?」


「そう、バイトさせてたの、あの子に。

 あんたからイエスを引き出せたら昇給するっていう約束でね」


「王族なんだよな? 一応」


 話しでは、例の王子と結婚しているそうだ。

 王子、正確にはもうすでに王様らしい。

 あの小説では語られていないが、そこまで到達したみたいだ。

 信じられないが、俺は、異世界とは言え、王族の親戚ってことになる。


「そうねぇ。でも、経済観念は将来必要だし。

 ニートになって欲しくないじゃない?」


 俺にとっては心が痛くなるが、「確かに」と言っておいた。


「それに、自慢もしたかったし」


 ふっと笑みが自然と漏れる。

 悪戯っぽさが子供っぽい、懐かしさがこみ上げる。


「やっぱり変わらねーよ、姉ちゃんは」


「あんたも変わらな過ぎっていうか。

 想定してたけど、ニートし過ぎでしょ。

 しっかりしなさいよ、もう」


 耳が痛い話しになってきたな。


「分かってるよ」


「なんでこっち来るの断ったの?」


「そりゃさ、こんな人生なんだから、そっちでワンチャンかけるのも有りかなって思ったけど」


「けど?」


 ぽりぽりと頬を引っ掻く。


「俺が居なくなったら、親父たちの面倒、誰も見るやつ居ないし」


「あら意外。分かってたんだ」


「まぁね」


「こっちに来たら、めちゃくちゃ絞ってやろうと思ってたのに」


 やっぱり罠なのかよ。


 目端で、隅のようなものが見えた。

 テーブルの上に置いた小説の原稿が、まるで火にかけられたように、炭となって、空気中に霧散している。


「何だこれ? 姉ちゃん原稿が」


「あー、もう限界みたいだね」


「限界?」


「あんたずっと、ドアを通じて話してると思ってたでしょ。

 正確には、あんたの心に浮かべていただけなの。

 今はこれが精一杯でさ、またしばらく会えないかもしれない」


 詳細は分からないが、何となくは理解した。


「そんな状態だってのに、俺と茶番劇してて良かったのか?」


「だって、あんた以外とは話しが通じなそうだし、それに、放っておけないでしょ、弟なんだから」


 茶番劇が必要かと言われるとそうじゃなかったかもしれない。

 ただ、姉は、俺なんかのために、貴重な時間を使ってくれていたことは事実だ。


「分かった、何とかするよ」


「うん、あんたも、がんばんなさい。

 こっちはこっちで頑張るから。

 じゃ、またね」


「姉ちゃん?」


 ドアに呼び掛けたものの、返事は無かった。



 *



 その日の昼過ぎ。


 俺は、玄関で履いていた靴の靴紐を結び直していた。

 

「どこ行くの?」


 後ろから母親の声だ。

 俺は振り返らずに言った。

 

「就活」


「ふーん」


 ぜんぜん信用していない生返事だな。

 まぁ、これまでがこれまでなだけに、信用されるわけもないか。


「あ、そうそう、あんたこれ落としてたわよ」


 落とした?


 振り返ると、母親は、原稿用紙を持っていた。

 最初何か分からなかったが、すぐに理解した。

 俺がリナに渡した小説の原稿用紙だ。

 そうか、実際は、送られていなかったんだ。

 原理は知らないが、本当にファックスみたいなもので、データ(?)だけが異世界に向かって飛んでいたんだろう。

 

 かなり慌てた。

 だって両親には、俺が何をしてるかなんて、知らせていなかったからだ。

 この歳まで小説を書いてたなんて、恥ずかしすぎる。

 

 奪うようにして原稿用紙を受け取った。

 原稿用紙の内容を見ると、赤ペンで何か書いてある。

 げげ、しっかり読まれてる。

 持っていたリュックに、ぐしゃっと詰め込んだ。


「そんなに乱暴にしていいの?」


「いいんだよ、別に、もう諦めたから!」


 何も言われたくない。

 両親に見せたら批判されることは分かっていた。

 だから教えなかったんだ。


「引きこもって何してると思ったら、こんなことしてたのね」


「そうだよ、別にいいじゃん」


「ええいいわ。それに、良かったと思ってるのよ」


 意外な反応。

 恐る恐る聞き返す。


「良かったって?」


「だってあんた何も教えてくれなかったじゃない。

 やっとあんたが何を考えるか分かって、安心したのよ」


 安心?

 こんなことで?


 あ、そっか。

 姉が家出して消息を断ったことを気にしてるんだ。

 だから俺まで、鳥籠から逃げる鳥みたいに、どっか行くんじゃないかって不安だったんだ。 


 姉のことを話すか迷いもあったけど、ぬか喜びになるだけだろうな。

 姉も、余計なことをされたくないだろうし、俺は俺のことをやろう。


「行ってきます」


 そう言って立ち上がって玄関の扉に手を掛ける。


「いってらっしゃい」

 

 母親の声に送られるようにして玄関の扉を開いて外に出た。


 もう冬の空気だ。

 寒い。

 まだまだこれから厳しくなるだろう。


 後押しされるみたいに、俺は歩き出した。

 向かうは俺の知らない世界。

 いざ異世界へ。

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異世界からの招待を断り続けた結果 @moa7

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