第7話『答え』
リナに渡された分厚い小説。
原稿用紙で言うと、400枚ぐらいありそうだ。
あれからずっと読書に向かっている。
主人公は女性だった。
二十歳そこそこの、大学生。
遠距離恋愛の末、彼に会おうとするのだけど、そこは異世界だったというのだ。
ここまで読んで笑ってしまった。
典型的な異世界ファンタジーじゃないか。
そんなものを読ませるために、あんな大仰な演技をしたというのが、俺には滑稽に思えてならない。
これでは、準備していた設定が台無しじゃないか。
そんなリナの失敗を、俺は、子供の遊びみたいなものか、と思っていた。
更に読んでいくと、どうも女性の冒険は、辛いものだったみたいだ。
異世界に行ったら実は罠で、奴隷になりかけたとある。
辛い労働。
言葉なんて通じない。
文字だってわからない世界だ。
でも、どんな場所でも優しい人間がいて、助けられている。
ボディランゲージを通じて、会話すらしていたそうだ。
どこでも生きていけそうな主人公だ。
まぁ創作だし、この程度はありえるか。
そして奴隷仲間との共闘と反乱。
そこから脱出したり奮闘したりしている。
創作とは言え、俺には無い、行動と気力に溢れた魅力ある主人公。
そして、義賊らしき男と出会うことになった。
彼女が奴隷仲間を率いて決起したのが、相当気に入ったらしい。
実はそいつが、とある国の王子様で、第三王子だったとか。
義賊の仮面を被って、犯罪者を追いかけ、弱者を救済する、勇敢な王子だ。
うーん、実にラノベらしい展開だ。
典型的な女性向けだな。
まぁリナは女の子だし、これだけ夢に溢れた作品の方がいいんだろう。
ここからは毎日が試練だったとある。
彼女は、その国で読み書きを習って、何とか、職についていた。
ここがまた詳細に書いてあって、面白い。
国のシステムがよく分かってしまった。
彼女はまったく、その国の世情を知らないから、王子にも馴れ馴れしく話して、友だちのような扱いを受けていた。
異邦人なので、疎ましく思われることもあったが、王子の友だちとあって、迫害も受けずに済んでいたみたいだ。
一部の貴族からは、相当、睨まれていたらしい。
しかし王子は常に窮地に立たされている。
第三王子という微妙な立場で、王座を狙った権力争い。
少し特殊な生い立ちで、下級の民族の母親から産まれたので、他の王子とは違い、仲間が少なく、敵対者も多いので、立場は少し孤立している。
気が休まらない日々に、彼女は、とても心の支えとして役に立っていたみたいだ。
彼女は、王子を王子扱いしなかった。
忌憚のない意見。礼儀知らず。
ときより、議論でお互いに熱くなって、喧嘩になることもあった。
それが王子には新鮮で面白く、何より、立場を考えずに話せる、唯一の人間だったからだろう、二人の心が通い合うのは、自然なことだった。
でも、どういうわけか二人は、お互いの感情に気づいていない。
そんな二人に、世話を焼く従者の姿があったり、二人の恋愛劇を狙ったように邪魔する出来事もあったりして、先行きが気になって仕方ない。
なんだこれ面白いな、と思っていつの間にか、俺は百枚以上も読み進めてしまった。
これが終わってしまうのが勿体無いような、枚数が減って終わってしまうことが、残念になってしまうのだ。
もしこの作品を、新人賞に送り出していたら、確実に何かの賞を受けているだろう。
圧倒的な才能は、嫉妬すら沸かせない。
とにかく先を知りたい、そう思わせる作品こそが、本物だ。
俺は、寝ると食う以外の時間を、読むことに費やした。
長い時間を費やして読了した。
紙を揃えてから、読み終わった小説を、テーブルの上に置いた。
集中し過ぎていたが、いろいろ体が痛い。
姿勢を固定しすぎると、筋肉とかが辛いし、体力も使う。
頭があまり働かない。
目を閉じて、指で眉間を摘むようにした。
結論を言う。
ガチで異世界は存在するようだ。
「まじ?」
ぱちぱちと目を瞬かせる。
この前に貰っていたリナの写真を再び見る。
がつーん、とくるものがあった。
「マジかぁ」
脱力して目元を押さえる。
信じ難いものを浮き入れないといけないのは、何とも言えない気分だ。
「ごめんくださーい」
「どわぁ!?」
驚いてしまったが、よく聞けばリナの声だ。
「おじさん、どうかしたの?」
「いや、早いんだな」
「少し早いけど、ほとんど同じ時間でしょ?」
言われて、ベッド脇においてあるデジタル時計を見れば、確かに1時間ほど早いにしても、すでに次の日の朝日が拝める時間帯だ。
どうやらそこまで熱中してしまっていたようだ。
「それで、どうだったの?」
「まぁ面白かった、かもな」
「ふーん、それだけ?」
「な、何だよ、それだけだろ普通」
「他に無いの?」
「他って」
「わたしに言うことあるよね?」
こいつ。
だがしかし、俺をここまで熱中させたことを思えば、敗北を認めざるをえない。
奥歯を一度ぎゅっと噛むと、声に出した。
「俺の完全敗北だ」
「そうじゃないでしょ?」
何だよこいつ、俺にどこまで言わせる気なんだよ。
だが才能の前には、俺も折れる以外に手がない。
見えてるかしらないが、床に膝をついてから、頭も床につけた。
「調子に乗ってすみませんでした!」
「うんうんそれで?」
「俺は異世界ものが実は大好きなんです。
なのに俺は、作ってこなかった。
世の中の流れに逆らって、自分を認めさせてやろうって考えてる、恥ずかしいやつでした。
みんなが大好きな飴玉、定番を作れない、ひねくれ者でした!」
くすくすと声が聞こえてくる。
我慢しているようだが、鼻で笑われているのが分かった。
「ごめん、どこまでやるか見てみたかったの」
どうやら俺の早とちりだったらしい。
こういうのが一番恥ずかしいんだ。
俺は、体を起こして、正座を解いた。
もう次の段階に進んでいい頃合いだろう。
「気は済んだかよ?」
「その様子だと、分かってくれてるみたいだね」
リナは、俺の雰囲気の違いで察知しているみたいだ。
逆に言うと、俺の確信は、ますます深くなっていく。
気持ちはもう固まっている。
「まぁな」
「答えを聞いてもいい?
おじさんは、わたしといっしょに、こっちに来る?」
「行かない」
俺は、すぐさま答えた。
リナは、俺の答えを問いただそうともしなかった。
すべて分かった上での結論を、受け止めてくれた、ということだ。
「分かった、じゃぁ待ってて」
リナの気配が遠ざかったのが分かった。
静寂が訪れ、俺も沈黙して待っている。
不思議と緊張もない。
コンビニまで買い物に行くのに、知り合いと出会うのを恐れる俺だが、今ここにやってくる人物に恐れを抱く必要性は無かった。
カーテン越しに、朝日がぱーっと上がってくるのに気づいた頃。
「よ、おっさん」
リナではない、女性の声だ。
変わり無い感じに、へへ、と軽く笑う。
「そら、おっさんだよ、俺だって年食うし」
「ハゲた?」
がばっと頭頂部を庇うように手を置いた。
いや、意味ないか。
「見えて無いだろ」
「うん、分かってたの?」
「最初は監視カメラでもあるのかと思ったけどな。
俺のこと詳しすぎるし」
「あーそれでヒント与え過ぎたかな」
「いや、小説読むまでわからんかった」
「そっか。まぁ一応言っておくけど、久しぶりだね」
「ああ、久しぶり、姉ちゃん」
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