第6話『見せあいっこ』
リナに読ませるのに、俺は、ドアの下にある隙間から、紙を一枚一枚挿入することになった。
こんなんで本当に、異世界とやらへ向かって送信できたのか疑問だが、まぁ写真の件もあるし、出来ている、てことで納得しておいた。
俺の送り出した作品は、字数で言ってもそれほど多くはない、短編だ。
そろそろ読み終わってもおかしくない頃合いだろう。
「今読み終わったよ」
「どうだった?」
「回りくどいの好きじゃないから率直に言うね」
「あ、ああ」
「これは何を訴えたいの?」
ずんっと、胃のあたりに来た。
単につまらない、て言葉より破壊力がある。
「何もわからなかったか? 何もさ?」
「キャラクターが、なんか達観してて、こっちに何も考えさせようとしてないよね。
想像の余地がない。
楽しくないよこれじゃ。
読者より、作者の都合が優先されてる感じ。
独りよがりって言えばいいのかな」
予想がついていた感想だ。
それだけに、俺の心は耐えられている。
ただこれ以上は、許容量を超えてしまいそうなので、遠慮してもらおう。
「分かった、もう十分だ」
「あとそれとね」
え? やめてくれないの?
軽く絶望的な気持ちになった。
「真剣に作られてるのは、分かったの。
その証拠に文章が読みやすい。きちんと推敲してある証拠だよ。
説明する箇所も細かく決めてあって、こっちに想像しやすくしてある。
真面目で几帳面で、その上心配性な人ってことかな、感じたのは」
微妙な褒められ方だ。
ただ、しっかり読んでくれたからこそ出た意見だとも思う。
作家にとって一番つらいのは、批判されることじゃない。
何も評価を受けていないことだ。
それは真空だ。
自分はどれだけ頑張ったのかも不透明で、苦い思いすらないのは、創作の意欲を著しく減退させる。
作家には、読み手が必要なんだ。
評価を受け取るとは、作家の心に訴える潤滑油の役割がある。
良くも悪くも、心が動かなければ、創作なんて出来ないわけだ。
まぁ危うく、錆びついて止まりかけたが、リナは、罵って終わらずに、評価できるところは褒めた。
単に褒められたんじゃ、俺は信用しなかっただろうし、まさに飴と鞭の巧みな使い分けだ。
もしリナがネゴシエーターなら、優秀そうだな。
あ、そうだ。
まだ終わりじゃなかった。
大事なところを忘れるところだった。
「俺は作品を見せたぞ。今度はリナの番じゃないのか?」
「残念だけど、わたしは小説なんて作らないから」
「お前だけ何も晒さない気か?」
「ごめんね。
でも、手っ取り早い方法はただ一つだと思わない?
おじさんが、こっちに来ればいいんだよ」
ぷっちーんだ。
こんな誤魔化され方はフェアじゃない。
ごろん、とベッドの上で横になった。
「俺行かねーわ。リナのせいでな」
「おじさんは最初から行く気が無かったじゃない」
「じゃー帰れよ。それで済むならな」
「それは……」
「あーあ、俺けっこうその気あったのに。
リナが下手こいたせいで、こんなことになっちゃった」
「う、うぅ」
「何してんの? 帰らないの?」
「帰れ……無いし」
「ノルマでもあんのか?
大変だよなー、俺みたいなクズニートと関わる仕事とかよ。
だがそんなこと俺が知るか。
リナのせいでこんなことになったんだからな」
まさにクズって感じの振る舞いをしてやった。
今まで散々、言葉巧みに俺をおちょくって来たんだから、これぐらいやったっていいだろう。
下手したら俺の半分ぐらいの年齢の子をイジメてるとか、あんまりそこは考えないでおく。
「……かったよ」
あんまりにも小さな声だ。
何となく分かるが、意地悪に振る舞った。
「え? 何だって? 聞こえねーよ」
「分かったよ。見せるから」
「何を」
「小説」
リナも、小説を?
いや、なるほどな。
俺の小説を批評する彼女は、単なる読者目線ではないとは思っていた。
執筆側に立つなら納得できる。
こうして、俺は、リナの小説を読むことになった。
相手もまた、ドアの隙間から、紙をファックスのごとく一枚一枚と挿入し、俺の部屋に入れてきた。
シュッシュッと、機械的に紙が流れてくる。
まるで、印刷機みたいに正確だ。
1枚を拾ってみたが、紙は、なんか、古い感じだな。
白ではなくて、少し茶色っぽい。
まるで、何十年か紙を置いてきたみたいに、品質がそれほど良くない。
文字が手書きで書いてある。
けど、これは。
「字きたねぇな」
「し、仕方ないじゃない! だって」
「だって?」
「……読めないの?」
「いや、読めるけど」
「だったらいいでしょ?」
一瞬だけだったが、演技ではない感情が見えた気がした。
もう少し小説の字を観察する。
漢字が少ないとかそういうこともあるが、既にひらがなが震えた感じだ。これは何ていうか、字が苦手とかいうレベルではない気がする。
人に見せるには恥ずかしいかもしれない。
字にコンプレックスがある、とかか?
実際、写真に写っている彼女は、外人っぽいし、日本語を練習しているんだろうか?
なんかしっくりこない。
今まで散々俺を翻弄してきたんだ。
軽くあしらうことが出来たはず。
俺の指摘に動揺したんじゃない。
誰かに指導されたんじゃないか?
それも相当スパルタなやつにだ。
だから俺に指摘されたとき、そのときの恐怖が勝って動揺した。
何のためにそんな厳しい指導を受けるんだ?
俺に小説を読ませる、ため?
実は、この状況は想定内で、俺は、彼女の作品を読むために誘導されてしまった。
そんな馬鹿な。
単なるクズニートに、こんなシナリオを用意する理由がない。
こういうのを被害妄想っていうんだろうな。
俺の足先に、紙がコツンと当たった。
どうも、紙が送られて、こっちまで飛んできてしまったみたいだ。
そこで気がついた。
「多っ!?」
すでにドアの付近は紙だらけになっていた。
1枚1枚にナンバーが振ってあるとは言え、これは回収が面倒そうだ。
見るからに長編、原稿用紙、何百枚かある。
どうやら送られる紙は終わったみたいだ。
「あ、もう時間だから帰るけど、明日までに読んでおいてね」
「明日!?」
俺は読むのがそんなに早くない。
ましてやこの量だ。相当シンドいぞ。
「え? この程度で? でも暇なんだよね?」
クズニートの癖して忙しい、なんて言えるはずもない。
片手で額に手を当てつつ、もはや何とかするしかないな、と思っていた。
たぶん寝起きと食事以外を、読書に費やせば、何とかならないこともない、か?
てか、なんで俺はこんなクソ真面目に読もうと思ってるんだ?
あっちは読んでるんだから、俺も読まないといけないとか思ってしまってる。
それにしたって、この量だぞ?
つまんなかったら絶対に文句を言ってやる。
そこへ、「おじさん」と呼ばれて、「ああ?」と多少粗く返事をすると、最後に彼女はこう言った。
「明日で最後にするよ」
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