第5話『心開く瞬間』

 俺はまたしても同じ時間に、ドアの前で待ち構えている。

 いきなり現れる少女、リナを防ぐ術が無いんだから、仕方ない。

 おそらくだが、この現象を他人に報告した場合、リナは余裕で雲隠れをして、ニートの戯言で終わるだろう。

 隠しカメラみたいな装置が見当たらない以上、何をしても無駄だ。


 認めざるをえないが、リナは、俺なんかより遥かに弁が立つ。

 十代の子に、口で負けてるなんて、悔しいったらないが、事実なんだから仕方ない。

 だが俺の意思は俺のものだ。

 この前は遅れを取ったが、今度こそ、ハッキリと、ノーをつきつけてやる。

 そう息巻いていた。

 

 しかし改めて思ったが、暇すぎるな、俺。

 

「毎度どうも、リナです」


「来たな」


「そんなに待っててくれたなんて、嬉しいです」


「お前とは今日までだ、今日で終わらせてやる」


「あ、じゃぁ答えが出たんですね」


「そんなの決まってるだろ。俺はお前といっしょには行かない」


「はぁ?」


 う、急激に冷たい反応をされて、不安になってきた。

 いいや、俺は間違っていないはずだ。


「俺の意思は、はっきりさせただろ。それ以上の答えは無い」


「だからー、もうそこは論点じゃないでしょ?

 大事なのは異世界が有るか無いかですよ」


 て、思ったのが前回の俺だったが、それは大きな間違いだった。

 異世界が無いと思っているなら、イエスと答えてもいいなんて、よく考えれば、おかしな話しだ。

 無いと思っているならノーを言っても良かったのに、リナの下手な演技のせいで、追い詰められて、思わずイエスを引き出されるところだった。

 リナは、巧みに俺の論点をすり替え、誘導している。

 油断ならないやつだ。


 だからここで言うべきなのは、

 

「有るか無いかなんて知るかよ。

 異世界なんて存在しないものを、俺が証明する必要性なんて無いんだからな」


 てことだ。


「行くと言えば、無いことを証明できます」


「必要ないって言っただろ。

 ノーを言い続けても、俺にとっては何も問題がない。

 それに、イエスと答えた場合、異世界に行けるとは限らない。

 それ以外の罠ではないと、リナは言い切れるのか?」


「それは」


「まぁ無理だよな。

 お前が俺を騙したことで、俺はすっかりお前のことを信じてないんだからな。

 お前は俺に助けて、と言うわりに、腹の中を大して見せてないだろ。

 そんな人間に付いて行くと答えるほど、俺はお人好しじゃないぞ」


 これでどうだってぐらいめちゃくちゃ喋っていた。

 ニートだったせいで、人と会話するのがコンビニ店員ぐらいなものだったから、流暢に喋れたことに感動してる。


 リナは嘆息した。


「最初は楽勝だと思ってたんだけどなぁ。

 おじさんもどうして、なかなかやるもんだね」


 リナの口調が変わって、ついに降参の姿勢が見える。

 勧誘を諦めたってことだ。

 これは実質俺の勝ちといってもいいだろう。

 それにしても、おじさんか、分かってたことだが、地味に効くな。


「おじさんはずっとそこに居る気なの?」


 リナの言葉は、俺の勝利の余韻もかき消してきた。

 非現実について話していたときは夢心地だったが、現実問題は、俺の気持ちを沈ませる。


「外ぐらいは出るさ」


「そうじゃなくって。

 おじさんは、何一つ前に進んでないんだよ?

 ずっと同じ世界しか見えないのに、虚しくならないの?」


 なんでいきなり、こんな責めを受けないといけないんだ。

 イライラしてきた。


「んなこと分かってんだよ、お前に言われなくったってな。

 けど、どうしようも無い。そういう世界なんだから」

 

「頭の中で、分かったつもりになってるだけでしょ?

 分かるっていうのは、行動が伴って初めて、分かるになるんだよ」


 リナの言っていることは、最もで、的確だった。

 俺は頭でっかちになって行動が出来ていない。

 それが引きこもりという病の元凶だ。

 世界が、この俺の頭の中で完結してしいる。


「っせーよ。俺より長く生きてない子供の癖に」


 素直に受け止められなくて、捻くれてしまった。


「おじさんは、年ばっかり取った子供じゃない」


 なんでこいつはこんなに俺の気持ちを乱すのが得意なんだ。

 耳を塞ぎたくなるほどの完全な図星。

 俺だって分かってるんだよ、そんなこと。

 それを他人に、簡単に言われるのは、腹が立つ。


「俺だって好きでこんな生活してるわけじゃないんだよ。

 昔、俺は」


「はいストーップ」


「ええ? 何で」


「今過去語ろうとしたよね。

 勇気を持って話そうと思ったのはいいけど、いらないから、ここに全部書いてあるから」


 バンバンと紙を叩く音がする。

 例の資料ってやつか。

 

「いや、こういうのって人物の掘り下げに必須だろ?

 本人が自分の過去を独白する重要な場面なんだが?」


「わたしが知りたいのは、過去なんて切り抜きじゃないの。

 いくらでも加工できる話しなんて、意味がないよ」


 考えてみれば、リナの言う通りかもしれない。

 俺は過去を晒そうとしたが、言ってしまえば同情を引くエピソードをすでにいくつか選んでいた。

 嘘をつくと言いたいんじゃない。

 一人の人間が選んだ物語には、隔たりがあると言いたいわけだ。


 この子の優れた洞察力にはいちいち驚かされる。

 俺がこの子と同じ年齢の頃は、頭すっからかんだったんだけどな。


「わたしは、今のおじさんのことを知りたいの」


 今の俺?


「だったら最初から晒してるだろ。このみっともない姿を」


「それは外面的なものでしょう? 働かないで引きこもってるダメおじさんって呼ばれて、本当にいいの?

 自分のことを表すものがないか、もっとよく考えてみてよ」


 ダメニートであることは事実だが。

 俺の内面と言えるもの?

 テーブルの上に紙が置いてある。

 書いた小説を印刷しておいたやつだ。

 新人賞に投稿しようと思っていた。

 けど、自信が無くなってボツ原稿となり、放置していた。


「小説しかないしな」

 

 ぼそっと口に出していた。

 

「小説かぁ。

 ならそれを読ませてよ」


 読ませるつもりで言ったわけじゃない。

 慌てふためいた。


「いやいや、これは人が読めるものじゃなくって」


「どうして?

 小説って人に読ませるものでしょ?」

 

「だからこれはボツでさぁ」


「他のでもいいよ」


 今から印刷するにしては時間がかかる。

 それに、他の作品なら自信がある、というわけじゃなかった。

 作品が評価されていたら、こんな場所でニートをしていない。


 確かにこいつはボツ原稿、だが、渾身の作品でもある。

 人に読まれていない作品が、俺に訴えてくるみたいだ。

 小説は人に読まれるものだろって。

 そんな当たり前のことができずに、俺はふさぎ込んでいた気がする。

 人に評価されないのが当たり前だったからかな。

 最近は、作品を人に見せることに、臆病になってしまっていた。


 見せたい。

 俺は、人から評価されることに飢えている。

 どんな作品であれ、これは俺の作品だ。

 俺を表現するのに十分に足りてる。

 異世界人に評価されないなら、それはそれで、諦めがつく。


 意を決した俺はリナに言った。

 

「分かった、この作品を見せる」

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