第3話『正体を明かす』
昨日の出来事から、日を跨いで、朝日がのぼり始める時間になっていた。
俺はベッドの上で待機して、あいつが来るのを待ち構えている。
ドアに仕掛けがあるのかと思って、ドアを散々調べた結果、何も無かった。
あるわけがない。
仮にあったとして、いつ仕掛けたって話だ。
俺は、ほとんど毎日、自分の部屋に居るし、昼か夜かも問わずに寝ていたり起きていたりする。
その間、階段を上がる音もなく、廊下の傷んだ床を軋ませず、俺の部屋の前に来るなんて不可能だ。
自分の頭がイカれたかどうか、今度こそ確かめたい。
そんな好奇心と恐怖、あるいは期待からとも言える感情は、膝の上に置いた握り拳に溜め込まれている。
あいつの存在を確かめる術は、実は簡単だ。
ドアの隙間、特に下から漏れ出す光は、窓から溢れ出ている日の光によるもの。
つまり、相手がそこに立てば、必然的に影ができる。
その一点に着目していた。
本当に来る保証もないのに、俺は待った。
そろそろだ。
同じ時間ならここだと思っていた頃、何か繋がった感覚になった。
表現が難しいが、電波的なものがピキっと来たような。
隣の部屋でテレビが点いたのを感じた、と言えばいいんだろうか。
「あーあー聞こえますか?」
来た……来た!
待ち構えていた癖に、内心ちょっとだけびっくりして、後に残る嬉しさはなんだろう。
ドアの下の光は、影が映ることもない。
つまり、ドアの先に人はいないわけだ。
なんでこうも期待通りなんだよ。
内側から生じてきた、しびれた感覚に、少し笑ってしまう。
いや、待て。
落ち着くんだ。
何一つ確証なんてない。
まずは一つずつ明らかにするべきことがあったはずだ。
「待ってたぞ」
「それってつまり、わたしたちの世界に来てくれると」
「それは無い」
「え、この期に及んで何言ってるんですか!」
「どこにこの期の要素あった?」
「乗り遅れたらもう無いですよこんなチャンス」
またツッコミを入れたくなったけど、俺は別にこいつと漫才をしたいわけじゃなかった。
ペースを掴まれすぎたな、今度はこっちの番だ。
「安っぽいんだよ」
「どこが?」
「すべてがだよ。
あんたの態度も、文言すべてが胡散臭い。
一ミリも信用できない」
「ではどうしたら信用してもらえますか?」
「まず、正体を晒すべきだ」
「わたしの、正体」
これを最初に言うべきだった。
正体を晒せないなら、それなりの理屈を付けるべきだが、取ってつけたような設定なら、俺は、二度と関わり合いになりたくない。
はぐらかせば、すぐ見破ってやる。
俺にだって、作家になるために費やした時間(プライド)がある。
下手な設定なら徹底して矛盾を指摘して、ひーひー泣かせてやろう。
それぐらいの、子供に対し容赦の無い自信が、俺にはあった。
相手の答えは、
「それは、無理です」
と、あっさりしたものだ。
なるほど、面倒なことになったな!
もっと何か設定を考えてると思っていたら何も無いとは思わなかった。
底が浅すぎて、何も考えていなかったのかもしれない。
まぁいい。
こうなったら俺の行き場の無い怒りに任せて、最後までやってやる。
スマホを握りしめた俺は、早速相手に向かって言ってやることにした。
「よく聞けよ。今から警察に連絡して、今からあんたを」
ぴらりっと、ドアの下の隙間から、紙が流れ込んできた。
俺の足元まで泳ぐようにして近づいて、紙が、止まる。
長方形、俺の手より少し大きいぐらいだろうか。
裏面になっていたそれを、俺は手にとって見た。
「!?」
ぎょっとした。
そこに写っていたのは、女の子数人の姿だ。
淡い桃色の、見たこともない民族衣装。
花を模しているとも言える艶やかさもあるが、形容するのが難しい。
背景は、どっかかの緑豊かな場所で、木造の家が数件見えている。
どれも古めかしい感じで、とても近代的ではなかった。
、
どっかの映画の撮影か何か?
そうだろう。
第一写真なんて近代機械がある時点で。
おや? と気づく。
この写真の紙、なんかザラザラとして、普通のツルツル、つやつやしたものじゃない。
裏側がゴワゴワしてる。
なんだこの素材。
羊皮紙? よく分からない素材だ。
やけに徹底してるじゃないか。
やばい手がちょっとぷるぷると震えてきた。
「その中心に居るのがわたしです」
見れば、顔つきは西洋人とも言えるけど、なんか違う。
長い艶のある黒髪で、日本人にも見える。
ハーフっぽいな。
子供っぽさと大人っぽさ、それが両立するってあるんだな。
何より、悔しいが、可愛い。
そればかりは認めざるをえない。
他の子も可愛いが、こいつが一番、憎いぐらい可愛い。
なんだか分からないが、本能的にそう思ってしまう。
何だこの感情は。
「紹介が遅れました。わたしの名前はリナ。
あなたを迎えに来たものです」
やばいな、これは。
今はまだ信じきれていない、が、突き詰めていくと、こっちが追い詰められそうな予感がする。
「信用できないな」
やっとそう言葉にしていた。
「疑問があるならもっと言ってください」
相手の準備は、実は万全なんじゃないか?
対する俺の方は、まったくの無策。
簡単に追い詰めらてしまいそうだ。
唇を少し噛んだ。
悔しいが、逃げの一点が無難だろう。
「無いから帰れ」
「時間がないんですよ!」
「だったら最初から強制的に異世界に連れていけばいいじゃないか。
時間の無駄なんだからよ」
「異世界に無理やり連れて行って、頑張ってくれますか? 頑張りませんよね?」
「当たり前だ。
そもそも人選誤ってるんだよ。俺はニートだぞ」
「ニートが頑張らないって誰が決めたんですか?」
「はは! 墓穴掘ったな! 異世界人がニートなんて言葉を知ってるわけがない」
それを言うなら、日本語を話している時点でどうなんだって話しだが。
でも、けっこう効いたらしく、レナは沈黙している。
こんなものだろう。
浅はかな異世界設定を持ってきた、相手の失態だ。
さっきまで弱腰だったが、ふふん、これは俺の勝ちだな。
「だったら」
まだ言うか、と身構える。
といっても俺は断固としてノーをつけつけるだけだ。
レナの言葉の続きを聞いた。
「いっしょに行く、と言ってくれればいいじゃないですか。
それで嘘か本当か、すぐ分かるはずでしょう?」
確かに。
確認する術として妥当だ。
いや駄目だ、ここで認めるのは不味い。
「だって、お前について行ったら二度と戻れないって」
「信じてないんですよね? わたしの言ってることなんて」
「ぐ」
俺は無意識に、付いて行くと言ってしまえ、とする解答を避けていた。
心のどこかで囁いてるわけだ。
マジで異世界に行ったらどうしよう?
なんてガクブルしてる負け犬の姿が見える。
「事態を曖昧にするより、ハッキリする手段だと思いませんか?」
リナは、俺の心を読み取るように指摘してくる。
数%でも可能性が有ると考えてる時点で負けだ。
俺の中で半分以上、言うべきだ、となっている。
何かちょっと誘導されてる気がするが、それでは俺が、異世界の存在を認めてることになる。
すべて嘘だと看破して、スッキリ終わる問題じゃないか。
言えるさ、こんなこと、簡単な話しだ。
軽く言ってしまえばいいんだ。
生唾を飲んでから、俺は答えようとした。
「げっほ! げっほ! ごっほごっはぁ!!」
俺の答えを遮るみたいに、リナが激しく咳き込んできた。
「す、すみませ、ごほっごほっ」
明らか尋常じゃないぞ。
「おい、何があった?」
「いえ何でもありません、ぐっふっごっほ! ほんと、なんでも、ごっほ!! うぇっ」
「だからどうなってんだよ!」
「気にしないでください、ほんと何も無いので。んぐんぐ」
水を飲んでる音だ。
しかも何かといっしょに飲んでるな。
「だ、大丈夫なのか?」
「はい、わたしは正常です、ごぽ」
水が胃液といっしょに逆流した音ってこんな感じなのか?
それを口の中で再び飲んだ感じだ。
「あの」
「はぇ?」
リナの言葉にうまく対応できない。
今度は何を吐き出すんだってなって、軽くトラウマ化してる。
「今日は帰らせてもらっていいでしょうか」
その許可いるか?
強い疑問だったが、何かもう責めるのも躊躇われた。
「どうぞ」
「では、また明日」
切断と言えばいいんだろうか。
相手との交信の途絶は、凄くあっさりしたもので、気配もなかったので、長い沈黙で確認できたぐらいだ。
どてっとベッドの上に仰向けに寝る。
天井を見ながら俺は思った。
「明日も来んのかよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます