第2話『勧誘失敗』

 迎えに、来た、か。


 そんなことを聞いて、良いことであるはずもない。

 俺の警戒心はマックスまで引き上がっていた。


「迎えって何の?」


「わたしたちの世界に来て欲しいんです」


「嫌だ」


「え?」


 俺が即答したからか、相手は困惑気味なようだ。

 俺は、なお押した。


「嫌だ、と言った」


「なんで?」


 世界が何か知らないが、推察するに、ろくでもない業界のことだろう。

 普通に考えて、なるほど! と納得して出て行く方がどうかしている。


「誰なんだよあんたは」


「使者です」


「警察呼ぶぞ」


「どうぞ」


 む、急に強気になったな。

 

「本気だぞ?」


 実際、スマホを手に取っている。


「いいですよ。ところで」


「何だよ」


「ケーサツってなんですか?」


 はぁ?


「あんた、俺を馬鹿にしてるのか?」


「すべて真剣です。どこがふざけてると思うんですか」


 全部だよ、全部。


 なんか噛み合っていないな。

 いったい俺は何と話し合っているんだ?

 自分でも、よく分からなくなってきた。

 少し合わせてみるか。


「えっと、つまり俺は、いったいどこに連れて行かれようとしているんだ?」


「これは説明不足でしたね。

 あなたの住んでいる世界とは、異なる世界のことです」


「異世界だぁ? ぶっ」


 思わず吹いてしまった。

 小学生でもサンタさんすら信じていないのに、異世界て。

 俺をいくつだと思ってるんだ。


「どうかしました?」


「いや悪い悪い。あまりに稚拙な設定なんで面白かったんだ」


「じゃぁ行きましょう!」


「何も、じゃぁではないだろ。嫌だって言ってるんだが?」


「ええ!? めくるめく冒険に興味がない?」


「無い」


「わたしたちが新生活をサポートしますから!」


 新居に引っ越すみたいな乗りだな。


「第一、そっちに行って、帰ってこれるのか?」


「安心してください、帰れません」


「なお悪いだろ!」


「モンスターと戦って、賞金を稼いでみませんか?

 それで村のみんなに感謝されてモテモテになるんですよ?」


「爺さんや婆さんも?」


「盛りだくさん! ……あ、嘘嘘! 今のは違います。

 若い子もたくさん居るんですよ」

 

「その若い子って何歳だ」


「若いと言ったら10歳以下の」


「お引き取り願いたいんだが」


「冗談です。

 実は、わたしたちの世界では、若い子が、今やあまり居なくて、人材が枯渇しているというのが本音で」


「あーわかったわかった、あんたらの世界が何かの脅威があって、ピンチで窮地で大変だから、協力しろだのなんだの言いたいんだろ」


「凄い! なんで分かったんですか?」


 そりゃ分かる。

 そんな舞台設定なんて、創作では、ありふれているからだ。

 俺が少し腹が立つのは、こんなに詰めの甘い設定で、この俺を騙そうとしている点だ。

 特に、舞台設定が気に食わない。

 異世界。

 俺が今一番聞きたくもないジャンルの言葉だ。


 相手の思うツボっていうのも、忌々しい。

 ちょっと、逆襲してやろうかと思った。


 ベッドから立ち上がって、ドアに向かって言った。


「あんたのところも大変そうだな」


「! 分かってくれたんですかね!」


 すっと、足音を立てないようにして、ドアに近づく。


「残念だったな、これで終わりだ」


「え?」


 ドアノブに手をかけて、思い切り開いた。

 突き刺すような朝日に顔を渋める。

 目が慣れてから、よく見たけれども、人の姿は無い。


 ドアの裏手に隠れているとか、隣の部屋に隠れたとか、そんな様子もなさそうだ。

 人が居たという痕跡もなく、忽然と、消失した。

 いや、そもそも、あの子はそこに居たのか?


 俺の部屋はちょうど階段近くにある。

 その階段下から、誰かが上がってくる音が聞こえてきた。

 足音の感じで、誰かは分かっていた。

 上がってきたのは俺の母親だ。

 母親は俺の方を見て、眉をしかめる。


「あんた何してんの?」


 言われてみれば、ドアを開けっ放しにして、顔を出して、おかしなやつだと言うならそうだろう。


「あのさ、なんかさ、人が」


「人?」


 母親の表情を見て悟った。


「いや、何でもないわ」


 ドアを閉めようとした。

 

「暇なら、洗濯物。下にあるから持ってきて」


 ちっと軽く舌打ち。

 でも、衣食住を提供してもらっている手前、やらないわけにもいかかったりする。


 部屋から出て、下の階に行って、カゴに入った大量の洗濯物を回収しながらも、俺は確信していた。

 俺の母親は、演技が出来るほど器用な人じゃない。

 親の差し金という線はあり得ないと言っていいだろう。

 そんなことが起きると思う方が、現実的とは言えない。


 俺はドア向こうに居た”存在”と話しをした。

 その受け入れ難い現実が、シコリとして残ってしまった。

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