水素ちゃん

 女の子がいた。

 赤い口紅が似合いそうなくらい綺麗でありながら、少しあどけなさを残した顔。ぷにぷにとしていそうな白い肌。突風で飛んでいきそうなくらい細く、かといって痩せているというには程遠い、ほどよい加減の肉つき。地面につくかつかないかの長く、青い髪をした小学生1年生くらいの小さな女の子だ。

 それが水素ちゃんであった。


 水素ちゃんの朝は早い。

 まず、大好きなお兄ちゃんを起こすことから始めるのだ。

「おにいちゃん、おはよう」

 と、彼女は声をかける。

 

 しかし、大好きなお兄ちゃんはなかなか起きてこない。

 朝に弱いのだ。

 その姿を見て、お兄ちゃんの布団に近づく水素ちゃん。


 一メートル、二メートル、三メートル......


 布団のすぐ近くにきた彼女は、いまだ眠り続けている大好きなお兄ちゃんに声をかけた。

「おにい、ちゃん?」 

 反応はなかった。まだ眠っていたのだ。

 む~~、とほっぺを膨らませて唸る水素ちゃん。

 

 そして、お布団に思いっきりダイブした。こうすれば、起きるだろうと思ってのことだった。

 しかし、彼女の体重は軽い。その気になれば、酸素よりも軽くできた。

 彼女はそのことを失念していた。

 

 結果、大好きなお兄ちゃんは相も変わらず、布団の中で眠りつづけたのであった。


「おにいちゃん! 起きてよぉ!」


 ***


「今日はね、卵焼きを作ってみちゃいました!」

 腕を大きく広げて、天真爛漫な笑顔でこちらを見る水素ちゃん。

 実は彼女は起こしに行く前に、すでに朝ごはんを支度を終えていたのだ。

 彼女の好きな大好きなお兄ちゃんはふと、テーブルの方に目を向ける。


 ちょうど真ん中が黄色い目になっている卵焼きと、しっかり水分を吸ったであろう、つやつやの白いご飯、そして、見るからに温かそうなくらい白い湯気が出た味噌汁。

 そう、水素ちゃんは、この温かくておいしい朝ごはんをお兄ちゃんに食べてほしいと思って起こしたのだ。


「ふぇ?」

 彼は水素ちゃんの頭を撫でてやる。頑張ったね、と。

 水素ちゃんの顔は、見る見るうちに赤くなる。

 水素ちゃんは頭を撫でてもらうのが大好きなのだ。しかし、決しておねだりはしない。

 彼女曰く、「もう私は子供じゃないんだから」だそうだ。


 なでなでなで......


 水素ちゃんの顔は、更に見る見るうちに赤くなる。

「あ、おにいちゃん、だめ! わたし......わたし、もう! だめぇぇぇぇ!」


 家が爆発した。

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