それはとても厄介でした
────超能力って厄介だ。
今日を振り返る。
朝、目覚ましが鳴る気配で目を覚ました。
────ああ、気持ちのいい目覚めだ。いい日になりそうだな。
そう思った。
すっきりと目覚めた瞳に天井を映して、耳なのか第六感なのかが、目覚まし時計の分針が、かち……と十二の文字を指そうとした。
その瞬間、目覚まし時計が小さくぽんと破裂した。
「あ、ああー……────」
わたしは買ったばかりの目覚まし時計の無残な姿にショックを受けた。
それから、気持ちを切り替えて制服に着替えると、トントンとリズミカルに階段を下りてリビングへと向かった。
「おはよう」
朝食の支度をしていた母親がにこやかに笑って、振り返る。
「トーストはテーブルの上よ」
聡い方なら想像がつくだろう。
母親がそう言った瞬間、チン! とトーストに火が通った。
お皿の上で。
「あら……」
母親はこんがり焼けたトーストを見て「便利ね」と冷蔵庫からバターを取り出した。
朝食はたっぷりのバターを塗った耳に多少焦げ感のあるトーストとトマトとレタスのサラダ、それから目玉焼きとベーコン、レトルトのコーンスープだった。
さて、通学路を学校へと向かう。
幸いにもわたしの学校は徒歩圏内にある。
てくてくと商店街を抜ければ、あっと言う間だ。
「時間に余裕があるな……」
スマートフォンの電源を入れて、わたしはつぶやいた。
今日はいつもより早く起きたからね。
その時、ぽふ、と、なにかが落ちた。
「ん?」
振り返ると、空から落ちた雪が破裂した。
「なんだ、今日は雪か────」
────傘、あったかな? 鞄の底に折り畳み傘があったはず…………わたしの雑な扱いで骨が折れて無ければいいんだけども。
ぽふ、ぽふ、ぽふ。
わたしの後ろで小さな花火のように雪が次々と破裂してくる。
「おや、今日は早いね」
商店街のおじさんがわたしに声をかける。
「あれ、雪も破裂するんだねえ」
店先を掃いていたおばさんがのんびりと言う。
わたしは、やんわりと笑って手を振る。
さて。あまりゆっくりしていては、せっかく早く起きたのに無駄になってしまう。
わたしは止まりかけた足をゆっくりと動かした。
ぽふ、ぽふ、ぽふと、わたしの背後で雪が小さく爆発したが、商店街のアーケードに入るとそれも収まった。
学校へ行くと、校門の鉄格子の扉を押す、担任の姿があった。
「おはよう、その傘、骨折れてねぇか」
担任がわたしの差す傘を指す。
「まだ使えますからね、明日までには買い替えます」
「背中で雪がポンポン言ってるぞ」
ちょうど、骨の折れた部分が背中に周っていたらしく、わたしは慌てて傘の柄を回転させた。
ぎりりりり、ふたたび動き出した鉄格子の扉がやけに存在感のある音を立てる。
「────おい、お前も早く入って来い。頭が雪で真っ白だぞ」
担任が言うと、わたしのななめ後ろを歩いていたクラスメイトがおどろいて、ぴょんと飛び跳ねるがごとく身体を揺らした。
「…………おはようございます」
わたしが言うと、クラスメイトはぱっと顔を赤らめた。
同時に、わたしの頭上の、骨の折れた傘がぼんっと炎上した。
「雪、雪、雪!」
担任が雪掻きで端に寄せた雪の山に折り畳み傘を放り込む。
「雪が降っててよかったなあ」
なぜか少し得意げな担任に、わたしは言いたい。あなたのせいだと。
「教室へ入ろう、寒いし」
わたしが声をかけると、クラスメイトは顔を赤らめてこう言った。
「あなたは…………あなたは、こわくないの!?」
少し興奮しているようで、声がうわずっていた。
ここで何がと問うのは愚行だろう。
「だいじょうぶだよ、わたしを傷つけないと今はもうわかっているから」
先週辺りは相当狼狽してましたけど。
クラストメイトは今度は顔をさっと青くして、泣きそうな顔でこう言った。
「どうして…………どうして、あなたがこんな危険な超能力者なんかに!」
────…………ええと。
わたしは驚いて担任を見た。
担任はにやにやと面白そうにわたしたちを見る。
────あとで、お説教が趣味の教頭先生に言いつけますね。
「ちがうよ」
わたしが静かに首を振ると、いつの間にか頭に積もっていた雪がぱらぱらと落ちて行った。
「────え」
クラスメイトの頭に積もった雪をわたしは思わず軽く払った。
「ちがうよ、きみが見つめるから爆発するんだ」
途端にわたしの周囲でいくつも爆発が起こり、雪の柱が吹きあがった。
────ここが雪山で無くてほんとうによかった。
「ほら、こちらを見ると爆発が起こるんだ」
「えっ、じゃあ、超能力者は」
最近、うちの近所では超能力者が流行ってる。
思春期の一時期に、ちょっとした超能力が使えるようになるんだけど、それは自覚すると消えるらしい。
でも、なぜかそれは自分ではなかなか自覚できなくて、タイミングが重要らしい。
「そんなに、あなたを見ていた?」
「今日もずいぶん朝早くから」
「そ、そうだね……」
「お話があるんでしょう」
「そうなんだけど、なかなかタイミングが掴めなくて…………」
「うん」
「そのうち、あなたの傍で爆発が起こるから近寄れなくて」
「でも、今ならだいじょうぶだよ」
「うん────」
超能力は厄介だ。
だけど、ずっと思い悩んでいるクラスメイトにはきっと必要なものだったのかもしれない。
それから、わたしにも。
一週間、わたしたちを楽しげに見守っていた大人たちは、明日からがっかりするだろうな。
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