かけら

 ふたりで居酒屋に入った。曜日は平日、昼時12時過ぎ。


 店内はボツボツな混みよう。油臭いサラリーマン姿がぼつぼつ。


「サンマテイショク」わたし。


「ネギトロ丼定食」相方。


 水を飲みながら、喋ることしばし。相方が嫌悪感一杯に毒づいた。


「くそオヤジ、死ね」


 苦笑い。


「なによ」


 幸い、金髪二人組は、店内の白シャツ軍団から少し離れていたから何も聞こえなかった模様。


「あのオヤジたち、嬉しそうにビール飲んでるよ。午後から仕事だろう?」


 視線の先に顔を赤くした嬉しそなオヤジたち。察するところ、年齢その他はわたしや相方の父親くらい。


「ふん?」先を促す。


「さっきまで『若い奴がですね、』とか言ってやがったよ、かっこいい」


 そういえば、座った時に聞こえた気がしたけども。


「この間も、夜中の駅でオヤジを見た」


 笑う。


「酔っ払って、『若い奴らは常識がない』と大声でどなりながら、」


 更に笑う。少し歪んだその笑いはキライだ。


「階段の降り口を昇って行ったよ」


 なんとも答え難くて、ため息をついた。


「もうすぐ、私もオヤジになっちゃうんだろうな。嫌でもなっちゃうんだろうな。自分より若い奴らが年を取っていくのを喜ぶようになっちゃうんだろうな」


 相方は、目の前のわたしを通して遠い所を見ながら。


「尊敬できる大人が欲しいと思うよ…………。私がなりたい目の前の日本人が欲しい」


 変化のかけらが、今、そこにあるよ、とわたしは思う。


「派手だったオヤジたちの若いころをかっこいいと思うのに、それが変質して今目の前にあることを、実は意外と誰も知らない。だから、私も変質するのかな。わたしも今、年を取っているのかな」


 わかんないけど、わたしは答えた。


「そういえば、わたしも最近、あまりつまらないことを考えなくなったよ。


 あんたが泣いても心が痛まなくなった」


 そうかあ、と相方は唸った。


 食事が来たので、その話はそこで終った。


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