003 夏の夕暮れ
夏、仕事から帰った夜。ベランダに足を投げ出してビールなどを飲む。すると、時々、幼い頃のイメージにふっと包み込まれる。
夏の夕暮れ、私はフスマを開けて、ボウズ頭を冷たい廊下に投げ出すのが好きだった。ひんやりとした廊下の木の感触が心地よかったし、なにより、そこから見える玄関のスリガラスを見るのが好きだった。もう、夜の近い時刻だと、そのガラスはぼんやりと青と白に染まる。それがなんとも美しかった。ブゥン、と足元の方で回る扇風機の音、時々、近所の町内会の夏祭の練習らしい笛や太鼓の音も聞こえてきた。チリン、と鳴るのはフラフラと走っている近所のおばさんの自転車の鈴の音、ギィイっというのは夕飯の時間に慌てて帰る悪ガキどもの、やはり自転車の荒いブレーキの音。豆腐のおじさんの長い笛の音は週に三回。セミの声がうるさい日はスイカが食べたくなり、スズムシの声が静かに響き出すと、なぜか寂しくなった。そういえば、開け放しの窓から近所をよく徘徊する太ったノラ猫が入り込み、寝転ぶ目の前にぬっと現われた時もあった。その時は、大切に飼っていたカブトムシがやられて、後で大泣きしたものだった。
それから、だんだん、窓の色が紺色へ、そして、夜の色に変わる。
じゃり、じゃり、と庭の砂利を踏む音が聞こえる。目を閉じると片手に近所の惣菜屋のビニール袋を下げた父親の生真面目な顔が浮かんだ。そして、足音が終わる頃、私は閉じていた目を開きばっと跳ね起きて、玄関に駆け寄るのだ。
幼い声が後ろからした。振り向くとそれは満面の笑みを浮かべている。なぜか妙な郷愁を覚えて頭を撫でた。
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