第21話
「ただいま。」
「お帰り、リツ。」
「お帰り!お兄ちゃん!」
家に帰ると母と妹が迎えてくれる。
「ただいま、春陽。父さんは?」
「走りに行った!」
「またかあ…あの人も若いなあ。」
パワフルすぎる父には尊敬を越えてもはや呆れている。血縁上の父ならどれだけよかったことか。
「リツ、ごはん食べた?」
「うん、軽くは。でも風呂入ったら食う。」
春陽の頭を撫でながら母の質問に答える。
「ハイハイ。薙さん帰ってくる前に出てね。」
「了解。」
俺は、凛雪のためにこの家族を捨てられるだろうか。凛雪は出来ないと思っているんだろう。確かに俺にとっては天秤にかけるまでもない大切な存在だ。
でも、この家族から俺をマイナスすれば、歪みは何一つなくなる。春陽にとって何の混じりっ気もない、純粋な家族がそこには存在する。
これが俺が凛雪の手を取るための逃げであることなんてわかってる。それでも、あの冷たい手を握りしめるために。
嵐さん、俺はやっぱりあなたの息子みたいです。
欲しいものを手に入れるために、相手の幸せを願ってなんていられない。
俺は母の愛に飢え、それを手に入れるがためだけに、3人もの女性を孕ませた父の子なのだから。
葬式のあと、学校の友人を装ってかかってきた義妹に携帯番号を奪い取られ、時雨さんからも電話がかかってきて。凛雪と違って微かにでも嵐さんの記憶がある俺は、ほんの少しずつだけ、2人と父の話をした。
嵐さんは父になれる人ではなかったし、夫になれる人でもなかった。当たり前だ。嵐さんが求めていたのは妻でも子でも家族でもなく。母だったのだから。
嵐さんの子を孕んだ女性は3人とも旦那として、父としての嵐さんを求める。嵐さんは自分の力不足に、俺達三兄妹に名だけを残して姿を消した。
きっと嵐さんは追いかけてほしかったんだろう。母が子を探すように、心配して求めてほしかったのだろう。そんな風に幼い人だったんだと思う。
でも、子を孕んだ母というものは、強い。
全員、失踪する旦那を探すより、自らの腹に宿った子を守ることを選んだ。
悔しいことに、嵐さんの死に向き合ってからは、あの人の思考が手に取るようにわかってしまう。これが、俺があの人の息子である証明なんだろう。
見た目こそ母親似の俺だが、中身のドロドロしているところはどうやらそっくりらしい。
凛雪を手に入れるため。
誰よりもずっと愛しく、これ以上愛しい人になんて出会えない人を。
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