第20話
「お帰り、凛雪。」
「ただいま、母さん。」
凛月と別れて家に帰ると、母が出迎えてくれた。
いつもの心温まる光景なのに、今だけは母が憎い。そしてその感情を抱いた自分が嫌だ。
私にとっての唯一の家族なのに。
「母さん。」
「なに?凛雪?」
母の表情に思わず投げつけそうになった言葉を力いっぱい飲み込む。
「…何でもないよ。」
そう言って家に入ってリビングのソファに座り込み、置いてあった読みかけの本を手に取る。私と母の小さな城。
それでも私を育てた母親だ、何を考えているかくらいわかってしまったのだろう。この間取り乱していた母とは別人のように優しい表情で私の頭をなでる。
「ごめんね、凛雪…。」
母のごめんね、が何に対する謝罪なのかはわからない。それでも私の大切な大切な大好きな母だ。それに罪は母ではない。私によく似た父だ。でも、その忌まわしき罪人は凛月の父親でもあるのだ。
「母さん、ずっと聞きたかったんだ。…母さんは留学したこと後悔してる?」
母は聞きたいことを察したのだろう。小さく息を呑む。
「そうね…嵐と…あの頃は野分君なんて呼んでたけれど、出逢ったことは今となっては最低だったかもしれないわね。」
嘘はつかない。それは約束だ。
「でも、嵐と出逢ったから凛雪、あなたと出逢えた。そして前から何度も言ってるわね。凛雪と出逢えたことは私の人生の宝だって。」
「それでみんなと…家族と縁を切ることになっても?」
ずっと聞きたくて、でも一度も聞けなかったこと。
「ええ、迷いはなかった。誰と別れる哀しみよりも、あなたと出逢うことの楽しみのほうが圧倒的に勝っていたから。あなたを産んだのは嵐の子だからじゃない。腹の中にいたあなたが愛しかったから。嵐の子だという確信はあったし、嵐もそれを知って、あなたに名付けて私の元を去った。」
母と父は留学時代の友人だが、母が私を身籠ったのはずっと後だ。その事情は知らないし、知りたくもない。若いころの親の恋愛事情など知りたい子供のほうが少ないだろう。
最も、父の話なら聞いてみたい気もするけれど。
「そうなんだ…。」
「ろくでもない男だったけれど、あなたと出逢えたことは私の人生の何よりも喜び。」
父に関しては母は手厳しい。曰く私が似ているのは容姿だけなのでまあいいのだが。
「あなたが留学を望むのなら私の伝手をいくらでも使う。凛雪、あなたが心配するようなことはないの。母娘二人なんだから。」
自分のために一人になった母を残していくことをずっと躊躇っていたことを知っているのだろう。もちろん、私自信も寂しい。
「あんたが留学するなら私もどこかの国に行こうかしら。昔みたいに身軽にね。」
母はそう言って笑った。母はまだ若い。いくらでも新たな道を歩めるだろう。
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