第16話

「なにかご注文はございますか?」

俺達の間に流れるあまりに重い沈黙を察したのか、リクさんが声をかけてくる。

「誰よりも、愛しい人が手の届く場所にいて。だけれどその人に手を伸ばすことは許されない。これを悲劇じゃなく、喜劇にしろ、と言われたらリクさんはどう演じますか?」

我ながら訳の分からない質問を、一方的にしか知らない人に問うものだ。リクさんはきっと困惑しただろうに、変な顔一つせず、柔らかな微笑みを浮かべている。

「そうですね…。もし、その脚本が来たら役者冥利には尽きますから、僕のプライドにかけて何らかの答えを出したでしょう。でも、それで導いた答えは、あくまで”僕”の答えでしかありません。そして、僕の答えはあくまでフィクションにすぎません。だから、答えられませんね。」

当たり前でパーフェクトな返答。

明確な答えが存在しない問いに対して、これ以上の答えはないだろう。

「どんな運命だって、愛の前には簡単に屈します。いえ、屈させるんです。自らの手で。」

凛雪はうつむいたままだ。

「いいんです、どんな答えを出したって。ここにいるのは僕も含め、みな間違った答えを出した人たちなのかもしれません。…そうですよね、澪さん、巧さん。」

「ああ。そうだな。」

「そうですね。リクはちょっと気障すぎますが。」

二人は静かにうなずいていた。

「誰一人、まったく後悔がない、と言ったら嘘になると思います。それでも、僕たちは前を向いて生きていくしかないんです。だから、恐れないでください。人というのは脆弱でありながら、意外としたたかに生きていける。」

「リク、お前はいつからホンまで書くようになったんだ、気障すぎるぞ。…若人二人よ、大丈夫だ。僕は世界で一番のろくでなしを知ってる。あいつに比べたらお前らなんて女神さまもいいところだ。」

「修がほんとに嫌いですね、澪は。」

「ああ。」

口では嫌いだ、と言って苦虫を噛み潰したような顔をしてはいるけれど、どこか複雑です、といった雰囲気が伝わってくる。

それを見てから巧さんは微笑んで声をかけてくる。

「大丈夫です。ゆっくりゆっくり考えればいいんです。他人に投げられることは投げて。二人がそうなったのは君たちの責任ではないでしょう?」

微笑みながらもすべてを見抜いたような巧さんに少しだけ背筋が冷える。

「君たちは、同じ瞳をしている。とても優しい瞳を。…その優しさは、自分のために使っていいんですよ。たまには自分勝手だって生きていくのには困らない。」

この人の言葉は、俺の奥深くにしみてきていたけれど、ほんの少し、こわい。

「…お代いくらですか?」

そろそろ帰らなくては。

家族に心配はかけられないし、凛雪の母さんにも。

巧さんが笑って渡してくれた伝票の半額を凛雪はすっと差し出してくる。

いつもなら拒否するけれど、今みたいな宙ぶらりんな時に俺におごられるのは嫌なのだろう。

その気持ちは汲む。

「帰ろうか、凛月。」

「うん。おくるよ。」

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