第13話

「いらっしゃいませ。」

放課後、ふらりと凛月と静かでこじんまりした喫茶店に入る。

カウンターにほど近い席に案内されて、私たちの年齢じゃ少し早いような気もしたけれど、私たちを拒むような空気は無くて、ほうと息をつく。

言ってしまえば、繁盛しているようにも見えないけれど。

凛月の体調も心配だったが、昼間よりは血が通っているように見える。無理はさせたくないけれど、私たちに許された時間はそう長くない。

「ご注文は?」

若い眼鏡のギャルソンが注文を聞きに来る。どこか見覚えのあるような印象を受けたけれど、知らない。

「コーヒーと…ケーキセットを。凛雪はどうする?」

「レモンティーで。凛月、ケーキ分けてくれるでしょう?」

「ああ。」

ギャルソンさんはクスリと笑って

「かしこまりました。」

凛月はギャルソンさんの顔をまじまじと見た後

「あと…。失礼ですけど、もしかして、伊藤…」

そう凛月がつぶやくと、小さくウインクして、青年は指の前に人差し指を立てる。

「え?」

今を時めく天才ミステリアス俳優の名前が凛月の口から出た気がするんだが。

バラエティもこなすが、パーソナルデータはほぼ完全非公開。それでありながら、圧倒的な力で、息子にしたい芸能人ランキングトップ独走している。そんな人がこんな田舎の繁盛しているとはお世辞にも言えない喫茶店にいるというのか。

言われてみれば顔はそうなのだが、あまりに纏っている雰囲気が違って私は息を呑む。

遠くから見ていた微笑む青年と、恐ろしいほどに美しい人が笑う。

「ばれましたか、リク。」

「お二人さん、オフレコでな。」

ギャルソンさん改め、リクさんは笑う。

隠してはいるが、ばれたときはばれたとき、と割り切っているのだろう。最も、気づく人がそう多いとは思えないが。

「似ている、とおっしゃるかたはたまにいらっしゃっても、僕だと断言して謝罪までする方なんて初めてですよ…。よくわかりましたね。うまく化けていると思っていたんですけれど。」

天才の名は伊達ではないのがよくわかる。いわれてみればテレビ越しに見るのと同じ顔なのに、違う人に見えていたのだから。

むしろなぜ、凛月が気づいたのか。

私はその答えを知っていた。彼の目の前にあるこの顔だ。

「つい最近、同じ顔の違う場所を探すことに躍起になっていたもので。」

凛月は笑う。笑うがきっと苦しんでいる。

「じゃあ、ご注文持ってきますね。少々お待ちください。」

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